データは絶対ではない

 池袋氏が収集・分析したデータは、戦略立案のためだけではなくトレーニングにも活かされている。

 「例えば以前、村上監督から『日本選手は中国選手と対戦するときにラリーを続ける傾向にあるが、ラリーが続くほど分が悪い。それを客観的に示すデータを取得してほしい』との要望を受けました。その数値を集め、ラリーが何回続くと、どれだけ失点に結びついてしまうのか、というデータを集めました」(池袋氏)

 こうしたデータを指導者に渡すことで、指導者は具体的なトレーニングを作成でき、選手が納得する指示を出せるようになる。ただ、だからといって必ず勝てるというわけではない。あくまでもデータは「選手と指導者に方向性を与えるための素材」(池袋氏)である。

 その証拠に、女子団体の準決勝・ドイツ戦では、ドイツの2強と目されていたP・ソルヤ選手とハン・イン選手に対して相性が良いというデータのあった石川選手と伊藤美誠選手を送り出した。伊藤選手は2015年のドイツオープン決勝でP・ソルヤ選手を破ってワールドツアー史上最年少優勝を成し遂げていた。しかし、リオではフルゲームの末に敗れてしまった。しかも、最終ゲームでは一時9-3と大きくリードしながらの大逆転負けだった。日本にとっては悲劇的な試合であったが、同時に「データは絶対ではない」ということの証明でもあった一戦だったと言えよう。

打倒中国のために有効なテクノロジー

 とはいえ、データが競技力向上のために重要なことは疑いようがない。では今後、どのようなデータやテクノロジーを扱えば日本卓球界はさらなる発展を遂げていけるのだろうか。講演の最後に、司会進行を務めた小用圭一氏から次の4つのテクノロジーについての提案があった。

(1)ボールの軌道データの取得と分析
(2)試合中の選手のバイタルデータの取得
(3)位置情報トラッキングデータの活用
(4)バーチャルリアリティ(VR)を用いたトレーニング

 このうち、村上氏、池袋氏の評価が高かったのは「(3)位置情報トラッキングデータの活用」と「(4)バーチャルリアリティ(VR)を用いたトレーニング」であった。(3)は、Jリーグなどでも導入されているトラッキングデータを取得し、試合中、選手がどれくらいのスピードで、どれくらい移動しているかを収集するというもの。(4)は、VRゴーグルをつけて、世界トップレベルの選手と仮想的に戦うトレーニングを積むというものだ。

 まず位置情報トラッキングデータの活用について、村上氏、池袋氏は次のように語った。

 「卓球はフットワークがすべてのスポーツ。トラッキングデータを取得し、試合中の移動スピード、距離を測れれば、それに耐えられるようなトレーニングを課せます。これは非常に有効な手段だと思う」(村上氏)

 「男子では『カタパルト(Catapult)』というシステムを使ってトラッキングデータを取得したことがありますが、移動距離だけではなく、スイングの回数なども分かると、トレーニングにはさらに役立つのではないかと思っています」(池袋氏)

 そして、VRを用いたトレーニングについて、両氏は次のように考えを述べた。

 「この講演の前に野球のVRを体験してみましたが、卓球でも世界ランキング上位の選手が打ったボールを体感できるVRができれば、世界トップレベルのボールに対してどのようなスイングで打ち返せばいいのかを具体的にシミュレーションできる。これは非常に有効なのではないかと感じました」(村上氏)

 「ボールの軌道やスピードだけではなく、打ち返したときの感覚なども再現できれば、さらに現実に近いトレーニングになると思います」(村上氏)

 日本卓球界は2020年、自国開催の五輪で打倒中国を果たし、王国復活を達成することを目標として掲げている。そのためにはデータのさらなる活用、最先端テクノロジーの導入が大きな鍵を握っている。