AI(人工知能)をどう活用すべきか――。これは産業界のみならず、スポーツ界にとっても重要なテーマである。既にテクノロジーを積極的に導入しているスポーツの現場では、AI活用のトライアルが始まっている。こうした中、日本スポーツアナリスト協会が主催したスポーツ産業に関するイベント「スポーツアナリティクスジャパン2016」(以下SAJ2016、開催は2016年12月17日)では、「AIはスポーツをどう変えるか」と題したパネルディスカッションが開かれた。

 登壇したのは、LIGHTz(ライツ)社長の乙部信吾氏、日本スポーツアナリスト協会代表理事でリオデジャネイロ五輪でも全日本女子バレーボールチームのアナリストを務めた渡辺啓太氏、元・女子バレーボール日本代表の杉山祥子氏。モデレーターは、データスタジアム ベースボール事業部アナリストの金沢慧氏が担当した。

「AIはスポーツをどう変えるか」と題したパネルディスカッションの登壇者。左からデータスタジアムの金沢氏、LIGHTzの乙部氏、元・女子バレーボール日本代表選手の杉山氏、日本スポーツアナリスト協会の渡辺氏
「AIはスポーツをどう変えるか」と題したパネルディスカッションの登壇者。左からデータスタジアムの金沢氏、LIGHTzの乙部氏、元・女子バレーボール日本代表選手の杉山氏、日本スポーツアナリスト協会の渡辺氏
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 乙部氏はキヤノンのエンジニアを経て、製造業向けのコンサルタント会社O2(オーツー)に参画。同社でCTO(最高技術責任者)を務める傍ら、2016年10月に各業界の専門家の知見をAI化するソリューションを開発するLIGHTzを設立した。AIを活用したスポーツ向けソリューションの開発に取り組んでいる。

「飛び抜けた計算能力を持つ、よちよち歩きの子供」

 今、AIは“第3次開発ブーム”のさなかにある。乙部氏はその理由を、「ディープラーニング(深層学習)」などの技術によって、自身で学習して知識を増殖できるようになったことが大きいという。

 同氏は現状のAIを「飛び抜けた計算能力を持つ、よちよち歩きの子供」と評する。スポーツの世界で最も高速な認知・判断のサイクルが要求されるのはF1のドライバーだが、AIの計算能力はそれをはるかに上回る。具体的には、毎秒8兆回もの四則演算が可能で、バレーボールなら1秒間に3.6億分の試合をパターン解析する能力を持つという。

 一方で、「何かを教えてあげないと何もできないし、我々が分かるように結果を教えてくれない。そのすごい能力を産業界もスポーツ界もどう生かしていいのか分からない“宝の持ち腐れ感”がある」(乙部氏)との現状認識を示した。

セッターのトスをAIで予測

 バレーボールは、スポーツの中でもデータ活用が最も進んでいる競技の一つである。試合中にデータを取得・分析し、それを監督やコーチが見て戦術変更や選手交代の判断材料にしている。「通常、他の競技ではこうしたことが禁止されており、試合中にリアルタイムでデータを取得して活用できる競技は珍しい」(渡辺氏)。

 渡辺氏によると、全日本女子バレーボールチームはリオ五輪の試合中、10台程度のデジタル端末を稼働させていたという。

全日本女子バレーボールチームがリオ五輪の試合中に稼働させていたIT機器。デジタル端末は10台以上も稼働
全日本女子バレーボールチームがリオ五輪の試合中に稼働させていたIT機器。デジタル端末は10台以上も稼働
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 具体的には、観客席に三脚を立てて試合を撮影しつつ、アナリストは「DataVolley」というソフト上でボールタッチごとに、すべてをデータ化する。「どの選手がどのエリアにバックアタックを打ってどうなったか」などボールや選手の動きを、専用コードを使って記録する。

 ベンチにいる監督やコーチは、iPad上で試合や選手のスタッツを常時確認できる。今日は誰が調子がいいのか、悪いのかなどがすぐに分かるので、それを見て戦術変更や選手交代の判断材料にし、1プレーごとに指示を出しているという。

ゲーム中のスタッフの配置
ゲーム中のスタッフの配置
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 2年ほど前からは、予測することに価値があると考え、AI技術の一つである機械学習を取り入れて、相手のセッターが次にどこにトスを上げるのかなどを予測。それを判断材料に監督が指示を出したりしているという。