「ITpro」2016年7月11日公開の5Gしかできないこと「5Gで臨場感ある8K映像、自動運転車の無線集約も」を転載した記事です(記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)。前回はこちら

 「超高速」「低遅延」という5Gの特徴を生かせると関係者が期待している用途の一つが映像やゲームなどのエンターテインメントである。KDDIが2017年5月に実施した実証実験は、無線技術の検証に加えて、エンターテインメントでの5G活用に焦点を当てた。地上の基地局から移動中の自動車に向けてコンテンツを配信し、モバイル環境でも高度な映像サービスなどが利用できることをデモした(図1)。

図1●「VR(仮想現実)」「臨場感映像」で5Gの低遅延・大容量を生かす
図1●「VR(仮想現実)」「臨場感映像」で5Gの低遅延・大容量を生かす
KDDIが東京・西新宿で実施したデモ実験。28GHz帯を使って3Gビット/秒以上の通信容量を確保し、無線区間での遅延は往復2~3ミリ秒に抑えた。視点にすぐ追従するVR映像のCG合成や、視聴位置を自由に移動できる映像合成など複数本の高精細映像を使った「臨場感映像」の配信に強みを発揮すると見ている。
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 現行の4G(LTE)では、既に4K映像が実用期に入っている。4K映像を配信する際の伝送速度は一般に20M~40Mビット/秒とされる。「dTV」「Netflix」などでは、スマートフォンでも受信できる4K映像の商用サービスが提供され、インターネット経由でもサーバーや回線が混雑していなければ良好な品質の映像が受信可能。8K映像でさえLTEの下り回線で技術的に配信できる可能性を持つ。

 今回の実験では、5Gならではの活用例として、複数本の8K映像を使って極めて臨場感が高い映像を作り出す配信サービスを提案した。具体例として示したのが、映像の視点をリアルタイムで動かせる「自由視点映像」。サッカーや野球などのスポーツ中継で、競技場を見る方向や場所そのものも自由に動かし俯瞰して試合を観戦できる技術であり、KDDI総合研究所が開発した。

 観客席側から競技場を臨む複数台の8Kカメラ映像を使い、この映像から視聴する場所、方向を自由に設定した映像を合成する。具体的には、まず映像から認識した競技者やボール、フィールドなどをいったん切り出す。切り出した競技者やボールを3次元の物体として合成したうえで、切り出したフィールド上に配置して、特定視点からの映像として再生する。

映像処理は端末側かサーバー側か

 今回の実験では、1本当たり約120M~150Mビット/秒の8K映像を4本、まず車載の受信機に送信。受信機と接続された車載のコンピュータ側で自由視点映像を合成して、車内の大画面テレビで上映した。コントローラを操作すると、確かに競技を俯瞰する場所を動かしながらサッカーの試合を観戦できる。8Kカメラ映像4本の伝送速度は600Mビット/秒に達し、4Gでは配信が難しいシステム構成になっている。

 実証実験では、VR映像をモバイル環境で配信、視聴するデモも実施した。低遅延の5GによりVRの追従性が高くなることを示す狙い。今回のシステムでは無線区間の遅延が往復で2~3ミリ秒なのに対しVR映像の合成は500ミリ秒を要し、遅延はサーバーでのCG処理が支配的だった。

 今回の実験は5Gで複数の8K映像を伝送できることやVRに向くことなどは証明したが、実際に新しいモバイル向けエンターテインメントを切り開けるかは別の課題だ。むしろデモからは5Gである必然性が弱く感じたのも事実だ。

 臨場感映像の配信技術は、KDDI総合研究所の他にも様々な研究開発が進んでおり、2020年の夏季オリンピック東京大会でもいくつかが披露されそうだ。「モバイルでのスポーツ観戦」は需要も伸びている。ただし自由視点映像が実用化されたとしても、複数本の8K映像を端末に送るほかにも、サーバー側で映像を合成する配信方法も可能で、むしろその構成のほうが現実味が高い。

20M~40Mビット/秒とされる▲
動画圧縮規格のH.265(HEVC:High Efficiency Video Coding)を使った場合の一般的な配信ビットレート。
様々な研究開発が進んでおり▲
例えばキヤノンは独自の自由視点映像生成システムを開発し、Jリーグとの共同実験では2016年10月の国内カップ戦の決勝戦を撮影した映像を公開した。NHK放送技術研究所なども研究し、技術展示で公開している。