本コラムは、数々のイノベーションで広く知られる3Mグループにおいて、大久保孝俊氏が体得したイノベーション創出のためのマネジメント手法を具体的に紹介します。大久保氏は、自身で幾つものイノベーションを実現しただけでなく、マネジャーとして多くの部下のイノベーションを成功に導きました。

前回:個に“武器”を与える、それが組織の存在理由

開発中の技術も共有

 もう1つの情報共有のための仕組みが、社内の技術者たちが直接交流するテクフォーラムである(図4)。前述のテクノロジープラットフォームには既に製品化されて確立した技術が掲載されているのに対し、テクフォーラムはまだ製品に採用されていない、もしくは開発中の技術が中心となる。技術者たちは、テクフォーラムで開催されるポスターセッションなどを利用して、自分が手掛ける技術を他の技術者にアピールする。その結果、新用途が開拓できたり技術の高度化のための助言が得られたりする。

図4 テクフォーラムの概要
図4 テクフォーラムの概要
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 落ちない付せん紙「ポスト・イット ノート」の場合もそうだ。3M中央研究所の研究者であるSpencer Silverは1968年、「くっつくけれど、簡単にはがせる接着剤」を発明した。強力な接着剤が開発の目標だったので失敗作だったが、この性能が何かに使えると確信した彼は、テクフォーラムの活動の1つである社内の技術セミナーにおいて「このユニークな技術は画期的な製品になるはずだ」と臆することなく発表した。それを聞いていた工業用テープの研究者であるArt Fryが、その発表の約1年後にこの技術を活用した「落ちない付せん紙」のアイデアを思い付いた。Fryは地域の教会の聖歌隊のメンバーでもあり、たまたま歌集にはさんでいたしおりが落ちたときにひらめいた。

 特筆すべきは、テクフォーラムは技術者が直接運営していることだ。1951年の初開催以来の伝統で、会社は費用を負担するが口は一切出さない。グループ会社を含めてテクフォーラムは自主的に開催されているので、1年でどれくらいの数が開かれているかは正確には誰も知らない。数年前に調べた際には、把握できただけで大小合わせて800以上開催されていた。参加する3Mの技術者の数は延べ1万人以上に及ぶ。

 中でも最も大規模なものは、本社のある米国ミネソタ州セントポールで年1回開催される「TIE(Technical Information Exchange)イベント」。2800人以上の技術者が一堂に会する。筆者も何度も参加した。