日本におけるスポーツ施設の多くは「コストセンター」。ともすれば、「税金の無駄遣い」という悪い印象を持たれていることも少なくない。スポーツ施設が「プロフィットセンター」へと転換するには、賢い施設運営が必要となる。

 2016年9月末に開催されたイベント「スタジアム&アリーナ2016」(主催:英ALAD社、横浜アリーナ)では、スタジアム運営の工夫をテーマにしたセッションが開催された。モデレーターは早稲田大学 スポーツビジネス研究所 所長/スポーツ科学学術院 教授の間野義之氏が務めた。パネリストは東京ドーム 代表取締役社長 執行役員の長岡勤氏、ゼビオホールディングス 副社長執行役員の中村考昭氏、日本政策投資銀行 地域企画部 参事役の桂田隆行氏の3名である。

「スタジアム・アリーナ運営の工夫」と題したパネルディスカッション。3社それぞれの目線でスタジアム・アリーナの運営について語った
「スタジアム・アリーナ運営の工夫」と題したパネルディスカッション。3社それぞれの目線でスタジアム・アリーナの運営について語った
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 東京ドームは読売巨人軍が本拠地とする、1988年開場の日本を代表する多機能・複合型施設。ゼビオホールディングスが運営するゼビオアリーナ仙台は、まだ開場から4年と新しいながらも多目的エンターテインメントを中心とした民間施設。国内ではまだ珍しいタイプのアリーナだ。日本政策投資銀行は、政府出資の金融機関で、設備投資という名目で野球を中心に各スポーツ施設に融資している。それぞれ特徴の異なる三社から、今後の日本のスタジアム・アリーナの運営展開におけるヒントに聞けた。

課題は「もうけにくい」こと

 日本政策投資銀行の桂田氏は、金融機関の視点から見たスポーツ施設運営の問題点を2つあげた。1つは、そもそも日本の公共スポーツ施設の収支において、3分の1はもうかりにくい施設となっていること、もう1つは各施設ともに収支の内訳を詳しく開示していない点だという。同氏は情報開示が分かりやすくされていた横浜文化体育館を例に、詳細を語った。

 横浜文化体育館は横浜市の関内駅から徒歩5分という、街中の好立地にある。固定席2227席があり、仮設席は約3000席の設置が可能な体育館で、年間の稼働率は351日と非常に高い。

 横浜文化体育館の収支を見てみると、2014年度の収入は1億9667万4000円、支出は1億9616万7000円。わずか50万円程ではあるが黒字になっている。しかし、この収入の部分には「指定管理経費」つまり、横浜市からの補填がおよそ7000万円含まれている。これを差し引くと赤字額はおよそ6900万円となる。これだけの稼働日数があるのに、もうかっていないという現状がある。

 これを踏まえ、同氏はスタジアム・アリーナが今後収益性や運営の安定性を高めるのに必要なこととして、以下の4つを挙げた。

 第1に「COI (Contractually Obligated Income)」と呼ばれる、契約で金額・期間等を定めた収入を増やすこと。命名権によるスポンサー収入など長期的な契約をすることで、安定的な収入を見込める。それによって金融機関の融資を受けやすくなる、ということだ。

 第2に、建設費を抑え初期の赤字幅を圧縮すること。第3に運営能力の高い人材を育成することが重要だと述べた。第4は「多機能・複合型施設」による街づくりと、それに伴う目標設定だ。目標をスタジアム・アリーナ自体での収益確保とするのか、それとも施設自体は赤字でも周辺の街づくりにもたらす効果との総合採算を目指すのか、目標を設定することが重要だという。

東京ドームの年間稼働率は87.4%

 運営の安定性を高めるポイントの1つであるCOIやスポンサー契約等の長期安定収入について、東京ドームとゼビオアリーナ仙台はそれぞれどのような施策を打っているのだろうか。

 東京ドームの長岡氏は、「正直あまり重要視していない」と答えた。「例えば命名権にしても、以前東京ドームではないが別の施設で契約し、収入を得たことはあったが、かえってさまざまな制約を受けてしまった。我々としては、そういったデメリットになり得る制約は排除し、なるべく自分たちでコンテンツを導入していく方向で考えている。」と続けた。

 実際に東京ドームでは、スタジアムの運営・維持管理をする部署に加え、野球以外のイベントを企画・実行する部署を設けている。主催者側のイベント開催の補助をする他、自社主催のイベントも開催しているのだ。東京ドームはもともと野球の試合を主目的に造られた施設だが、実際に野球関連での稼働率は全体の40%程度で、残りはコンサートやイベントなどに使用されている。そういった野球以外のイベント開催により、年間で87.4%と高い稼働率を維持している。

 東京ドームの自主興行イベントとして最も集客が多いのが「ふるさと祭り東京」だ。7日間で約40万人が来場する。また、「東京国際キルトフェスティバル」は7日で約25万人、「テーブルウェア・フェスティバル」は7日間で約30万人弱が来場する。これら多彩なイベントを育て上げ、収益性を高めているのだ。これからのスタジアム・アリーナの運営では、こういった集客を促すための組織作り、そして企画力が必須となるだろう。

 一方、ゼビオアリーナ仙台では、異なる手法で長期的かつ安定的に収益を高める工夫をしている。中村氏は「COIの契約とは少し異なるが、我々はさまざまな広告によって収益性を高める工夫をしている。民間企業であるゼビオホールディングスをそのままアリーナの名前にすることで、一定の宣伝効果は得られている。また、広告を掲出する企業にとっても収益性が最大化されるように、施設として貢献している」と話す。

 ゼビオアリーナ仙台の広告ではLEDが使用され、演出とセットになった広告枠を作ることが可能だ。同アリーナには、全長213mの360°LEDリボンビジョンをはじめ、常設6面のセンタービジョンを導入している。光の演出を考慮し、黒を基調とした空間づくりがされていて、試合の映像・演出はもちろん、協賛広告においても演出効果が最大化される工夫がなされているのだ。

 さらに同氏は「以前、あるスポーツ飲料メーカーにアリーナの天井部分、一面全てに広告を付けてもらっていたことがある。これはかなりインパクトある広告となった。また、入口(ゲート)に対する部分的な命名権であったりと、ハード側・ソフト側で収益を得る部分を使い分けている」と話した。