2025年までにスポーツ産業の市場規模を約15兆円にまで拡大していくことを目指す日本。この目標に到達するために重要な役割を担っているのが「スタジアム・アリーナ改革」だ。「スポーツアナリティクスジャパン2017(以下、SAJ2017)」(主催:一般社団法人日本スポーツアナリスト協会、2017年12月2日)では、「スタジアム・アリーナと街づくり、テクノロジーの向かう先は?」と題し、スタジアム・アリーナ改革や街づくりに関わる4名の識者によるディスカッションが催された。登壇したのは、スポーツファシリティ研究所 代表取締役の上林功氏、フリーランスの街づくりプランナーである桜井雄一朗氏、SAPジャパン イノベーション オフィス部長 スポーツ産業向けマーケティング支援担当の濱本秋紀氏。そしてモデレーターを務めたのはスポーツマーケティングラボラトリー コンサルティング事業部 執行役員の石井宏司氏である。前回に続き、ディスカッションの後編をお伝えする。

利便性が高まれば満足度が上がるわけではない

スポーツファシリティ研究所 代表取締役の上林功氏。これまでに数々のスポーツ施設の設計・監理やコンサルティングを担当しており、主な作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」などがある
スポーツファシリティ研究所 代表取締役の上林功氏。これまでに数々のスポーツ施設の設計・監理やコンサルティングを担当しており、主な作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」などがある
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 スタジアム・アリーナで稼ぐためには、「街のシンボル」として地域から支持される必要がある。だが、現在の日本のスタジアムやアリーナは税金を投入して造られたものが主流であるため、利便性や観戦環境が整っているとは言い難いものが多い。

 そうした課題を解決するため、近年では最新のIT(情報技術)を活用した「スマートスタジアム」への注目度が高まっているが、利便性が向上すれば観客の満足度が向上するわけではない。そう話すのはスポーツファシリティ研究所の上林功氏だ。

 「以前、『座席配置と観戦行動の関係』というテーマで論文を書いたのですが、執筆の際、スポーツにおいてはどのような要因が観客の満足度を向上させ、リピーターにつながるかということを調査しました。すると、試合の勝敗や、アスリートがどれだけ素晴らしいプレーをしたかという回答が圧倒的で、イスの良し悪しなどはほとんど関係ありませんでした。ファシリティーを造る側としては悲しい結果でしたが(笑)、確かに観客は、イスがいいから、電光掲示板が最新だからといった理由でスタジアムやアリーナに来ているわけではありませんからね」(上林氏)

 「東京大学名誉教授の建築家である香山壽夫先生は、“うちの嫁さんはいい嫁さんだけど、目がきれいだから、鼻の形がいいからという理由で結婚したわけではない。全部を組み合わせてすごくいい人だと思ったから結婚したんだ”という言い方をしています。とても面白い表現で、これはスポーツファシリティーにも通じているのではないかと思っています。いいイスがある、最先端の電光掲示板がある、熱狂的なファンがいて、そして素晴らしいプレーを見られる。こういったすべてが合わさって、観客の満足度が向上するのではないかと思います」(同氏)

 観客がスタジアム・アリーナの何に価値を感じているかということは、単純なアンケートでは見えにくい。より正確なデータを大量に取得するためにこそテクノロジーの活用が必要になってくる。スタジアムを起点にファンの満足度を向上し、リピーターを獲得していくためには、単純にテクノロジーを活用すればいいわけではなく、多面的な視点で取り組むことが大切になってくるといえるだろう。

スタジアムの多機能化はシンボルへとつながるのか

 近年、欧米ではスタジアム・アリーナの多機能化が進んでいる。その方向性は主に2つある。1つはショッピングセンターやホテルなどの消費者向け施設を併設する「複合化」と、スタジアムで展示会を開いたり会議室を企業に貸し出すなどのビジネス拠点として利用するものだ。SAPジャパンの濱本秋紀氏から、この2つはどちらの方が街のシンボルたり得るのかという問いが投げかけられ、街づくりプランナーの桜井雄一朗氏は次のように回答した。

街づくりプランナーの桜井雄一朗氏。大学院卒業後、建築設計事務所、日建設計、建築企画コンサルティング会社を経た後に独立。現在はフリーランスの街づくりプランナーとして活動し、スポーツを中核とした街づくりプロジェクトの事業企画・施設計画・運営計画等を支援している。写真右はSAPジャパンの濱本秋紀氏。同社のマーケティング部門でコーポレートイベント・ブランディング・スポーツスポンサーシップ・デジタルマーケティングなどの責任者、製品マーケティングの企画・実施、ユーザーグループの企画・運営などを経験。2016年より、プロスポーツクラブのマーケティング・ファンエンゲージメントを支援し、スタジアムソリューションの事業開発などを担当している
街づくりプランナーの桜井雄一朗氏。大学院卒業後、建築設計事務所、日建設計、建築企画コンサルティング会社を経た後に独立。現在はフリーランスの街づくりプランナーとして活動し、スポーツを中核とした街づくりプロジェクトの事業企画・施設計画・運営計画等を支援している。写真右はSAPジャパンの濱本秋紀氏。同社のマーケティング部門でコーポレートイベント・ブランディング・スポーツスポンサーシップ・デジタルマーケティングなどの責任者、製品マーケティングの企画・実施、ユーザーグループの企画・運営などを経験。2016年より、プロスポーツクラブのマーケティング・ファンエンゲージメントを支援し、スタジアムソリューションの事業開発などを担当している
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 「どちらの活用方法も正しいと思います。ただ、スタジアム単体で運営をしようと思っても成立しないでしょう。例えば商業施設を併設したら、最初の数年間はお客さんが来るかもしれませんが、商業施設を運営する主体は誰なのか、その運営はスタジアムの利益にもつながっているのかということをしっかり見なくてはなりません。両者を運営することで相乗効果が生み出せるような仕組みをつくることが大事になります」(桜井氏)