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5月、ニューヨーク合意で産業界がUASF回避へ

 事態が大きく動いたのは、2017年5月である。

 UASF(User Activated Soft Fork)が発動する日程は2017年8月1日と設定されていた。日程が近づくとビットコインの産業界(マイナーとビットコイン関連ビジネスを営むスタートアップ企業ら)は新たな動きを見せた。2017年5月23日、米ニューヨークで開催された仮想通貨とブロックチェーンに関するイベント「Consensus2017」の場で、「ニューヨーク合意(NYA)」と呼ばれることになる声明が、多数の仮想通貨関連企業に出資するDigital Currency Groupの名前で発表された(声明文)。米国のビットコイン関連企業や中国のマイニング企業を含む合計58社がこの声明に名前を連ねた。その中にはBitcoin Unlimitedでビットコインの主導権を取ろうとしていたBitmain Technologies社とBitcoin.comも含まれる。日本で仮想通貨取引所を運営するbitFlyerも名前を連ねている。ただし、ビットコインの開発者たち(Core Dev)を雇用することで知られるカナダBlockstream社や、現役のビットコイン開発者個人の名前は声明にはない。

 ニューヨーク合意の意図は、UASF発動の回避のため、ビッグブロック派とSegWit推進派の双方が妥協できる案を提示したことだ。SegWit仕様を取り入れたSegWit2xと呼ぶビットコインの新たな実装を提供し、2017年11月にハードフォークによりブロックサイズを2Mバイトに拡張すると定めた。

 同時に、SegWit仕様を有効化するための技術仕様「BIP91(仕様の名称はReduced threshold Segwit MASF)」が登場した。それまでSegWitの有効化にはハッシュパワーの95%を占めるマイナーが賛同する必要があったが、その「しきい値」を下げ、80%が賛同すれば有効化されるようにしたものである。

 ニューヨーク合意とは、要するにビッグブロックとSegWitの妥協案である。特に、今までSegWit仕様に反対していたマイナーたちと条件付きの合意を取り付けた形になったことは大きい。問題は、肝心のビットコイン開発者たちがこのニューヨーク合意には署名していないということだ。

 結果として、ニューヨーク合意とBIP91はUASF回避のために有効に機能した。7月23日にBIP91は有効化し、SegWit仕様の有効化が決まった。8月24日にはSegWit仕様が有効化された。

 この経緯を振り返って、ニューヨーク合意の一員であるbitFlyer代表取締役の加納裕三氏は次のように語る。「ビットコインはPoWを根幹に置いている。今回の騒ぎにおいてはそのPoWの(コンセンサス形成の)方式を変えるという『メタ合意(合意のための合意)』をビットコイン上でどう行うか? ということが混乱の本質的な原因だったと思う。ニューヨーク合意はそれを『古き良き話し合い』で解決しようとした試みだ。そして唯一機能した試みでもある。当社は日本企業として唯一ニューヨーク合意にサインしているが、このような重要な動きの一部となれたことについては非常に嬉しく思う」。

Proof of Work(PoW)=ビットコインで用いられるコンセンサス形成アルゴリズム。

 産業界の立場としては、ニューヨーク合意とSegWit2xは妥協可能な提案として提出されたものだったわけだ。

 一方、UASF推進派として著名なSamson Mow氏(カナダBlockstream社のChief Strategy Officer)は、次のように述べる。「UASFの運動は成功した。UASFが8月1日にアクティベートするのに先駆けて、マイナーはBIP91によりSegWitをアクティベートした。これは(UASFの発動と)同じことだ」と語る。続けてMow氏は「もしUASFが重要でなかったなら、マイナーはBIP91を動作させただろうか。UASFの背後には無視できない量のハッシュパワーが存在した。私の考えでは、SegWit2x支持者(ニューヨーク合意の参加者)はチェーン分岐のリスクを望んでいないし、UASF支持者が現実にどれだけの力を持っていたかをその目で見たくなかったのだ」と話す。

 UASF運動を推進する立場からは「運動は成功だった」という見方である。2人の発言を読み比べると、ニューヨーク合意派とUASF派の意識の違いが見えてくる。産業界の主要メンバーの合意が事態を動かしたと見るか、UASF推進派有志の実力行使が事態を動かしたと見るか。この意識の違いは、今後意見が分かれたときにまた懸念材料として浮上する可能性があるといえる。