2016年、マイナーと開発者の対立が表面化

 「8月1日危機」の原因は、ざっくりとまとめればビットコインをめぐってマイナー(採掘業社)と開発者が対立したことだ。ただし、その実際の構図は単純な二項対立よりも複雑である。それぞれのグループの中に主流派と、実力行使を志向する有志がいて、後述するように少なくとも4グループの活動が絡み合っている。

マイナー(採掘業社)=ブロックチェーンに、新たな取引データを追記する事業者。強力な計算パワーがなければ解けない問題(目標値より小さいハッシュ値を与える数字を求める計算)にいち早く解を出した事業者が、優先的に書き込めるようにすることで、排他制御を図っている。事業者に書き込む動機を与えるために、追記に成功した事業者は新たに発行されたビットコインや、取引の手数料を総取りできるようにしている。成功すれば報酬を得られるため、一連の作業をマイニング(採掘)と呼ぶ。

 まず、マイナーと開発者の対立について手短に説明したい。2015年以降、ビットコインのスケーリング(性能向上)をめぐって議論が割れた。ひとつの考え方は「ビッグブロック」。これはビットコインの取引を記録するブロックのサイズを拡大することで性能を向上しようとする考え方だ。ブロックサイズ拡大には、後方互換性のないハードフォークが必ず必要になる。ハードフォークの実施時にはビットコインのブロックチェーンの利用を一時的に中止しなければならず、また不正利用の一種「リプレイ攻撃」への対策も必要となる。要するに、ハードフォークは極力避けたい措置といえる。

リプレイ攻撃=ハードフォークの際に台帳が2つに分かれることを悪用して、ビットコインの保有者が意図していない送金を実行する攻撃。

 もう1つの考え方が、今回適用されたSegWitだ。ハードフォークが必要なブロックサイズ拡大を避け、SegWitとLightning Networkの2本立てで性能向上を図る。SegWitはブロックサイズ拡大と異なり、ビットコインのネットワーク全体を止めずにソフトフォークと呼ぶ手段で仕様を有効化できる。この点もメリットだ。

Lightning Network=ブロックチェーンの外側で少額高頻度の取引を実施する技術。レイヤー2技術とも呼ばれる。

 ビットコインの開発者コミュニティ(ビットコインのクライアントソフトウエアである「Bitcoin Core」の開発者グループという意味でCore Devと呼ばれる)はSegWit推進派が主流だ。ビッグブロックを推す開発者もいたが、現時点では彼らはCore Devの立場を離れている。

 一方、ビットコインのネットワークを維持する役割を担うマイナーたちの多くがビッグブロックを支持し、SegWitの導入を拒否した。その理由は当事者以外には理解が難しい。よく引き合いに出される反対理由は、2016年2月の「香港合意」と呼ばれる約束でビッグブロックの採用を決定したが、Core Devらがその約束を守っていないとしてマイナーが反発しているというものだ。これとは別に、マイナーが「ASICBOOST」と呼ぶ技術が使えなくなるからだ、との観測も出ている。対立が続いた結果として、SegWitに関するネガティブキャンペーン(例えば「SegWitによりマイナーの手数料収入が減る」「一部の開発者がビットコインを支配しようとしている」など)が一部で流れ、冷静な議論が難しくなっている。合理性だけで解決できない状況なので、このような状況を「ビットコイン政治」と呼ぶこともある。

ASICBOOST=ビットコインのバグを突いてハッシュ計算をショートカットし、ASICによるマイニングの成功確率を高め、マイニングの収益性を高める技術。

 理由に関する合理的な説明は難しいが、SegWitという技術仕様を多数派のマイナーが拒否し続けた経緯は事実として残る。マイナーの多数派がこのような形で意思表示できることは、ビットコインのマイニングに必要なハッシュパワー(ハッシュ計算能力)の大部分が少数のマイナーの支配下に置かれていることを意味している。これは、マイニング用ASICを提供し、また大手マイニングプール(マイナーを束ねる事業者)の「AntPool」や関連サイトの「BTC.com」を運営する中国Bitmain Technologies社の影響力が大きいことが関係していると考えられている。