東京五輪・パラリンピックの開催まで4年弱。夏季では56年ぶりとなる世界最大規模のスポーツイベントの開催を、一過性の“打ち上げ花火”で終わらさず、確固たる「オリンピックレガシー」を残すために、日本のスポーツ関係者は今、何をすべきか。そして世界から何を学ぶべきか。

 東京五輪・パラリンピックに向けてトップアスリートの発掘・育成・引退(キャリア)支援を、一つの「システム」として実現することが急務となるなか、日本スポーツ振興センター(JSC)は2016年4月、競技力向上のための研究・支援を目的とした「ハイパフォーマンスセンター」を開設。スポーツ庁は2016年10月3日に「競技力強化のための今後の支援方針(鈴木プラン)」を発表した。

 2020年、そして2021年以降に向けてJSCのハイパフォーマンスセンターは、どのようなビジョンを掲げ、日本のスポーツ界が抱える課題の解決やオリンピックレガシーの創造にどう貢献していくのか。専修大学 教授でJSC ハイパフォーマンス戦略部長の久木留毅氏、ソウル五輪のシンクロ・デュエットで銅メダルを獲得し、現在は会社経営の傍らメンタルトレーニング上級指導士として活躍する田中ウルヴェ京氏、そして慶應義塾大学SDM研究科 准教授でハイパフォーマンス戦略部 マネージャーの神武直彦氏の3者が対談した。司会は神武氏が担当した。この対談の模様を3回に渡ってお伝えする。(構成:内田泰=日経BP社デジタル編集センター)

左から田中ウルヴェ京氏、神武直彦氏、久木留毅氏。東京都港区の秩父宮ラグビー場にて(写真:加藤康)
左から田中ウルヴェ京氏、神武直彦氏、久木留毅氏。東京都港区の秩父宮ラグビー場にて(写真:加藤康)
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beyond 2020、統合、科学的根拠、可視化、情報…

神武 今日のディスカッションのポイントは大きく5つあります。

 (1)2020年までの4年弱で日本がすべきスポーツ分野の取り組み、(2)「ハイパフォーマンスセンター」構想の目的・ビジョン・課題、(3)世界のトップアスリートの発掘・育成・引退支援の事例、(4)ハイパフォーマンスセンターの主な機能および設計・実現・運用におけるシステムデザインの必要性、(5)異分野連携の必要性――です。

 まず、ディスカッションを進める上で核となるキーワードを挙げていただけますか。

久木留 キーワードは複数あります。まず、東京五輪・パラリンピック終了後にどうするかという「beyond 2020」です。「統合(インテグレーション)」も重要です。スポーツ界がさらに発展していくためには、様々な分野との連携が必要です。連携が進むと統合に向かい、統合からまた拡散という流れが起きます。

 そして、私が英国ラフバラ大学に客員研究員として留学後に、いつも考えていたキーワードが3つあります。「エビデンスベースド(科学的根拠)」「可視化」、それらをつなぐ「インテリジェンス(情報)」です。私たちは「スポーツインテリジェンス」といいます。この3つがハイパフォーマンスセンターにもつながっていくし、アスリートの「デュアルキャリア」(「人としての人生」と「競技者としての人生」を同時に送ること)の形成にもつながるし、他の世界ともつながっていくキーワードになるかと思っています。

田中 私もこの3つがキーワードだと思います。特に自分自身は元選手・元コーチ、そして今はメンタルトレーニングをあらゆる競技団体に対して指導している立場として、その3つの根幹の部分である一人ひとり、選手にしてもコーチにしても、スポーツ界で何を得たのかを、きちんと“出力”できることが重要だと思っています。

 どうしてもスポーツ界で学んだことを外部に発信する際の「言語化」が、なかなかうまくいっていません。本当は「スポーツで得た価値」として、とても良いものを持っていても、それを可視化する言語表現が難しいのです。国際オリンピック委員会(IOC)では、引退するオリンピアン(五輪出場経験があるアスリート)に対して、どのように言語表現をしていくと、スポーツ内で学んだことをスポーツ外に発信できるかというワークが、キャリアプログラムの中に組み込まれています。

神武直彦氏がプログラムディレクターを務める「スポーツビジネス創造塾」が2017年10月30日に開講します(主催:日経BP総研 未来研究所)。同氏がワークショップのファシリテーターとして、受講者と一緒に「ポスト2020」のスポーツビジネスの未来を考えます。