久木留 できています。やはり「UKモデル」が世界のスタンダードになっています。実は英国は紆余曲折を経験しています。1996年のアトランタ五輪のメダル獲得で大失敗しました。金メダルを1個しか取れなかったのです。そこで、何とかしなければいけないと、1997年にUKスポーツの前身を立ち上げました。その後、2005年に五輪招致に成功し、システムの完成に至りました。

 オーストラリアも同じです。1976年のモントリオール五輪で失敗し、そこからAIS(Australian Institute of Sport)を立ち上げ、2000年のシドニー五輪に向けてシステムを作り上げていきました。カナダも同様のプロセスを踏んでいます。

田中ウルヴェ京(たなか・うるう゛ぇ・みやこ)。ポリゴン 代表取締役。1967年東京生まれ。1988年にソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダル獲得。10年間の日米仏の代表チームコーチ業とともに、6年半の米国大学院留学で修士取得。現在、学術研究者・経営者の両面の顔を持つメンタルトレーナーとして活躍中。様々な大学で客員教授として教鞭をとる傍ら、慶應義塾大学大学院SDM研究科博士課程に在学中。2001年に起業し、アスリートからビジネスパーソンなど広く一般にメンタルトレーニングを指導
田中ウルヴェ京(たなか・うるう゛ぇ・みやこ)。ポリゴン 代表取締役。1967年東京生まれ。1988年にソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダル獲得。10年間の日米仏の代表チームコーチ業とともに、6年半の米国大学院留学で修士取得。現在、学術研究者・経営者の両面の顔を持つメンタルトレーナーとして活躍中。様々な大学で客員教授として教鞭をとる傍ら、慶應義塾大学大学院SDM研究科博士課程に在学中。2001年に起業し、アスリートからビジネスパーソンなど広く一般にメンタルトレーニングを指導
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田中 やはり、何らかの危機や失敗を経験しないと「統合」という変化への力は働きにくいですよね。

久木留 世界を見渡すと何かを大きく変えられるのは、(1)惨敗したとき、(2)国際的な総合競技大会を招致したとき、(3)強烈なリーダーシップが生まれたとき、といわれています。鈴木大地さんという、博士号を持っている金メダリストがトップに立ち、鈴木プランを出した今こそ、確実にチャンスだと思います。

手本は英国

神武 オランダや北欧の国々と比較すると、経済や人口の規模から見て日本のスポーツ界にはまだまだ潜在的な伸びしろがあると思います。東京五輪・パラリンピックでメダルの数が2倍、3倍になり、それを持続してスポーツ界で得たものを他の分野に波及させるためには、「システム」がないと難しいと思います。

久木留 全くその通りです。国の資金を投下するのですから、やはりその先の波及効果を考えていく必要があります。そのとき、先進国で日本がモデルにできるのはどこかといえば英国だと思います。なぜかと言うと、ロンドンは「世界の都市総合ランキング(GPCI)」(都市戦略研究所)で1位です。一方、日本は東京が万年4位でしたが2016年は3位に上がりました。都市という観点でも参考になります。

 さらに2012年のロンドン五輪でのメダル獲得数が67個だったのに対し、リオ五輪ではなんと69個を獲得しました。五輪招致に成功した上、自国開催の五輪よりも多くのメダルを取った初めての国なのです。

 そして英国は今、何を考えているかというと、次はスポーツを草の根(グラスルーツ)まで広げることに加え、障害者スポーツ、女性スポーツの普及を促進することです。ちなみにUKスポーツのトップは女性です。

 ほかに私が注目しているのは、メジャーなスポーツイベントの招致です。こうしたイベントを数多く招致することで、観光ともうまくタイアップできます。例えば世界選手権を招致できれば、ボランティアを活用できます。子供たちは本物のトップアスリートを生で見られるし、若いコーチや科学コーチが学ぶこともできます。

 そういう意味では、ハイパフォーマンスセンターは競技スポーツだけではなく、グラスルーツ、さらには健康産業なども見据え、いろいろなことに取り組むべきだと考えています。

神武 スポーツの世界では、限られたチャンスでいかに自分のベストパフォーマンスを発揮するかが問われます。実はこれと同じことが他の分野でも求められます。例えば私が専門とする分野では 、災害時の危機管理や宇宙ステーションで何かが起きたときの対応でも同じです。違いは、それぞれの状況に対処するための知識と技能です。

 つまり、災害分野で活躍している人や、宇宙ステーションのロボットアームの設計者などに共通する考え方、素養をスポーツ分野に転用すれば、コーチの能力ももっと向上し 、アスリートも強くなるのではないでしょうか。

 先ほど「アスリートが自分の得たことを言語化するのは難しい」というお話が田中さんからありましたが、そこをきちんと伝えるための翻訳機能をシステムとして捉え、体系化したりすることは社会にとって価値があると思います。

(次回「デュアルキャリア支援の意義、アスリートから社会貢献へ」に続く)