最重要は「練習での安全確保」

 「脳振とうなどアメフトの安全対策の難しさは、1つのソリューションだけでは解決できない点にある。複数の対策を組み合わせた包括的なアプローチが必要になる」。Xenith社のWerder氏はこう指摘する。

米Xenith社Director of Sales and MarketingのCale Werder氏
米Xenith社Director of Sales and MarketingのCale Werder氏
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 具体的には、練習時のコンタクトの回数や時間などを制限するルールを設定したり、タックル技術の改善、ヘルメットなどテクノロジーの改善、さらにプレー中に脳振とうのような症状が出た際の復帰手順をまとめたプロトコルの策定などを組み合わせた、包括的な対策が導入されているという。

 中でも重要なのが、「練習での安全性の確保」(同)だ。たとえヘルメットを着用していても衝撃による脳の揺れは防げず、それが繰り返されると組織や血管を傷つけて脳損傷の原因になるとの指摘もある。試合中に頭がぶつかるのは競技特性上、完全には避けられないため、練習でのコンタクトに制限をかけて脳振とうの発生件数を減らすのだ。

 巨額マネーが動くNFLでは、毎週試合があるため、もはやシーズン中はコンタクト練習はほぼやらないという。「選手がケガをした際のチームの損失が大きいからだ」(山田氏)。大学レベルでも、全米大学体育協会(NCAA)は、コンタクト練習は週2回までという指針(強制力なし)を出している。

 米国で有名なのが、東海岸の名門8校から成るアイビーリーグに属する、ダートマス大学フットボール部の取り組みだ。2010年ごろに「練習における対人フルコンタクトを全面禁止」とした。この決定に競技力の低下を懸念する声が相次ぐなか、同大学は2015年シーズンにアイビーリーグで優勝。この結果を受けて、アイビーリーグ全加盟校8大学は2016年3月、「練習における対人タックル禁止」の方針を採用することを発表した。

NFLの3%に対して58%

 「NFLではシーズン中に発生した脳振とうのうち練習時は3%。これに対して、高校でのそれは58%と高い」

 Werder氏は、この数字を引き合いに出し、NFLや大学よりも競技人口がはるかに多い高校やユース(小中学生)レベルでの脳振とう対策の重要性を訴えた。確かに高校生のチームで、コーチへの教育が行き届いていない場合などは、選手をどんどんコンタクトさせてしまうケースが実際にあるという。

 Xenith社は高校生やユースの選手向けのヘルメット市場で高いシェアを持ち、脳振とう問題による競技人口の減少を喫緊の課題として捉えている。

 ただし、高校生やユースレベルの脳振とう対策を単体で見た場合、“画期的なプログラム”の導入によって、ここ2~3年で急速な進展が見られるという。

練習時の脳振とう34%減

 それが、アメフトのアマチュア統括団体USA Footballが2012年に発表した、高校生以下の選手を対象にした安全性向上プログラム「Heads Up Football(HUF)」である。米国でも初となる指導のガイドラインで、既に全米で1100の高校と6500の中学・小学生のリーグが導入している。

 HUFは「脳振とう対策」「熱中症対策」「突然の心肺停止」「タックル技術」「ブロック技術」「用具の正しい装着」「コーチの資格制度」という7つのプログラムからなる。HUFを導入するリーグはUSA Footballと契約し、各チームに選手の安全対策を担当する「Player Safety Coach」を置く。同コーチは7つのプログラムについて研修を受け、チーム内で知見を共有。USA FootballはチームがHUFを順守しているかをチェックする。そして、それが守られている場合は保険料が安くなったりする仕組みだ。

USA Footballの安全性向上プログラム「Heads Up Football(HUF)」(図:Xenith社)
USA Footballの安全性向上プログラム「Heads Up Football(HUF)」(図:Xenith社)
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 HUFを導入したリーグについて第三者機関が調査した結果では、HUFを導入していないリーグと比較して「ケガの発生率が76%少ない」「練習時の脳振とうが34%少ない」「試合時の脳振とうが29%少ない」など効果を上げている。ちなみに、2012~2014年の3年間でHUFに加盟したリーグの選手6000人(5~15歳)中、脳振とうを患った選手は全体の2.8%だったという。