迫力あるタックルが魅力の1つであるアメリカンフットボール。そこで2016年11月に起きた悲痛な事故が、既存の安全対策の再評価を競技関係者に突きつけている。

 その事故は全国高校アメリカンフットボール選手権の準々決勝で起きた。強豪校である関西学院高等部3年生の選手が試合中、フェースガード付近に頭を強く当てられて転倒。意識を失い、4日後に急性硬膜下血腫で亡くなったのだ。同選手は事故の約3カ月前から頭痛を訴えていたが、事故調査の最終報告書では、頭痛と事故の因果関係は不明とされたという。

 同校はこれまでも、安全対策に力を入れてきた。高等部も大学に準じた取り組みをしており、例えば脳振とうの疑いがある場合は、それを評価する国際標準「SCAT3」に沿って選手をチェックしていたという。

スポーツイノベーションカンファレンス代表理事の山田晋三氏。現在、社会人チーム「IBM BigBlue」のヘッドコーチで、日本人初のプロアメフト選手
スポーツイノベーションカンファレンス代表理事の山田晋三氏。現在、社会人チーム「IBM BigBlue」のヘッドコーチで、日本人初のプロアメフト選手
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 それでも、今回の事故が起きたことに競技関係者の動揺は隠せない。同校出身で、関西学院大学では甲子園ボウルの優勝経験を持つ、スポーツイノベーションカンファレンス代表理事の山田晋三氏は、「日本では個別の安全対策は進んでいるが、繰り返される脳振とうに対する具体的なガイドラインはなく、対策は米国より遅れている」と話す。

 米国の大学や高校の選手は、1シーズンに1000回を超える頭部への衝撃を受けているという調査がある。ところが、山田氏は「一般に日本は米国よりも練習量が多く、フルにコンタクトしている回数も多い」と危惧する。

NFLが罹患した元選手原告団に10億ドル

 米国で脳振とう対策が進んでいるのは、圧倒的な人気を誇る米プロアメリカンフットボールNFLがこの問題の“表舞台”だったからだ。

 2016年4月、「脳振とうが長期的に脳機能に与える影響を不当に隠匿し、選手を保護しなかった」として、NFLの元選手5000名以上がNFLを相手取って2011年に始まった集団訴訟が和解に至った件は記憶に新しい。NFLは引退後、脳疾患を患った選手やその家族に対し、総額10億ドルもの巨額の補償金を支払うことで合意した。

 発端は、NFLを引退した元選手の間で、原因不明の自殺や異常行動が頻発していたことにある。これに疑問を抱いたある医師の調査によって、継続的な頭部への衝撃で脳振とうが繰り返されることによって発症する「慢性外傷性脳症(CTE)」という病気が、元NFLの名選手の遺体の脳に発見されたという論文が2005年に公になった。これがアメフトで「脳振とう問題」がクローズアップされるきっかけになった。

 脳振とうが社会問題化した影響は甚大で、「危険なスポーツを子どもにやらせたくない」と考える親が米国で急増した。この結果、2010~2015年だけで米国の6~14歳のアメフト競技人口は、約300万人から約217万人へと、27.7%も減少してしまった。若年層の競技人口の激減という、競技団体にとって由々しき事態に発展したのだ。

 当然、NFLをはじめとするアメフト競技団体は大きな危機感を抱き、脳振とう対策はNFL、そしてNFLと同様に高い人気を誇る大学(カレッジフットボール)から進んでいった。

 以下では、スポーツイノベーションカンファレンスが主催したイベント「アメリカンフットボール安全に対する米国最新の取り組みについて」(2017年4月20日開催)に登壇した、アメフト用ヘルメット大手の米Xenith社Director of Sales and MarketingのCale Werder氏の講演内容などから、米国の脳振とう対策の最新事情をお伝えする。

Xenith社が販売するアメフト用ヘルメット。「Floating shock suspension」と呼ばれるサスペンション機構を採用している。外部から衝撃を受けても、サスペンションはシェルと独立して動くため、頭部にかかる危険な回転力が軽減されるという。こうしたヘルメット技術の改善も、脳振とう発生の減少に寄与している(図:Xenith社)
Xenith社が販売するアメフト用ヘルメット。「Floating shock suspension」と呼ばれるサスペンション機構を採用している。外部から衝撃を受けても、サスペンションはシェルと独立して動くため、頭部にかかる危険な回転力が軽減されるという。こうしたヘルメット技術の改善も、脳振とう発生の減少に寄与している(図:Xenith社)
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