リーグ経営者に必要なのは「強烈な胆力」
村井満氏は一般企業の経営者を経て2014年からJリーグのチェアマン、つまりリーグの経営者に就任した人物である。そして、就任当初から矢面に立たされる場面の多いチェアマンでもあった。例えば就任から1カ月後の2014年3月には浦和レッズサポーターによる差別的横断幕事件が起こり、Jリーグ初の無観客試合を裁定することになった。同年6月のFIFAワールドカップのブラジル大会では日本代表がグループリーグ敗退となり、Jリーグ自体の人気低下の危機も叫ばれた。こうした状況を経てきた中で、村井氏は「プロスポーツリーグの経営者には“強烈な胆力”が必要」だということに気づいたという。
「Jリーグやクラブの経営者は、毎週のようにメディアの耳目を集めます。それによってネット上で騒がれることもある。一般企業の経営者をしているときは、総会などで関心を集めることはありましたが、数十万というサポーターの前に身をさらすということはありませんでした。つまり、スポーツをビジネスとして生きていくためには、そういったことにも動じない胆力が必要だと気づいたんです」(村井氏)
一般企業経営者の場合、株主などは別として、不特定多数の人々から事業活動そのものを批判されることはさほど多くない。だが、ファンという存在が最大のステークホルダーであるスポーツビジネスの場合はそうしたことが日常的に起こり得る。それだけに、経営手腕だけではなく強烈な胆力が必要になるというのだ。
経営人材育成は社会貢献のためにも欠かせない
その胆力を持ってして村井氏は、チェアマン就任後に様々な改革に取り組んだ。その1つが「経営人材の育成」だ。
「Jリーグを拡大させていくために、サッカーを突き詰めていく人材のみならず、国際交流やデジタル戦略を考えられたり、あるいはスタジアムを造るための資金調達ができたりする人材が求められるようになっています。しかし、こうした人材はなかなかいません。そこで2015年から、『Jリーグ・ヒューマン・キャピタル(JHC)』という経営人材育成事業をスタートさせました」(村井氏)
JHCでは、スポーツビジネスの経営者として必要な知識や理論はもちろんのこと、実際にプロスポーツクラブの経営に携わる人々や経済界の第一線で活躍する人々をゲストとして招き、ケーススタディを学ぶカリキュラムを組んでいた。複数のJリーグクラブと連携し、各クラブに即した事業計画書を作成するなどの実務的なグループワークも実施された。
初年度には42人が受講し、その内8人がJリーグクラブや日本サッカー協会、男子のプロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE」といったスポーツ業界に転職を果たしたという。修了時点でスポーツ業界への転職できなかった人についても継続的にフォローしながら、需要が発生したときに就職を斡旋する、つまり人材をプールする体制をとっているという。
「実際にJHCをやってみて手応えがありましたので、2016年には『スポーツヒューマンキャピタル(SHC)』と名を改め、法人化しました。今はまだ一般財団法人ですが、将来的には公益財団法人の認定を受けて、スポーツ界を横断するような人材育成プログラムにしたいと考えています」(村井氏)
こうした経営人材の育成は、「スポーツを稼げるものにする」ということはもちろんだが、その先にある「スポーツによる社会貢献」を達成するためにも必要不可欠なことであると、村井氏は話した。
「スポーツに携わる人にとって最も大事なのは、どれだけ大きな志や夢を抱けるかということだと思います。スポーツの普及振興が進めば、教育や健康寿命を変えることができます。スタジアムを造れば、地域や街づくりが変わりますし、地域の産業を変える力もある。スポーツはあくまでもツールです。このツールを使いながら、どうやって社会を変革していくかという志が重要なのです。志があれば、幅広い人材が獲得できますし、有益な人材交流も可能になっていくと信じています」(同氏)