本連載ではここまで、技術を守る「特許」、ロゴなどのブランドを守る「商標」の基本的な仕組みについて、米Apple社のトピックをネタに解説してきました。さて、Apple社のiPhoneが売れているのは「テクノロジーが優れているから」「リンゴのマークが付いてデザインがお洒落だから」のどちらでしょうか。おそらく回答は「どちらも」となるのではないでしょうか。

 知的財産権としての「デザイン」は、主に「意匠権」として保護されます。特許や商標に比べると意匠はニュースなどで取り上げられることも少なく、なじみが薄いかもしれません。今回はそんな意匠権を中心に、デザインを保護する仕組みを解説していきます。

世界中で繰り広げられるApple vs Samsung

 Apple社が韓国Samsung Electoronics社と世界中で知的財産紛争を繰り広げていることをご存知でしょうか。Apple社にとって、Samsung Electronics社はスマートフォン(スマホ)用プロセッサーなど主要部品の製造を発注するパートナーであると同時に、スマホやタブレット端末のトップシェアをめぐって真正面から競合するライバルです。知的財産権はそれぞれ取得した国・地域の中だけで有効な「属地主義」ですので、世界で競合する企業同士は、世界中で裁判をする宿命にあります(関連記事「Apple対Samsung、争点の特許はこれだ」)。

 Apple社とSamsung Electronics社の争いは、主に特許権と意匠権に関するものです。特許については本連載の第1回でお話ししましたが、意匠という言葉は「聞いたことはあるが具体的に何のこと?」という方もいるかもしれません。

 国によって微妙な違いはあるものの、日本では意匠を「物品の外観形状」と定義しています。すなわち意匠権とは「新しくて優れた外観形状」について与えられる独占権のことです。日本では「特許法」とは別の「意匠法」によって意匠権を保護していますが、国によっては意匠権を「デザイン特許(design patent)」と呼ぶこともあります。

 Apple社は製品のデザインを重視している企業です。その大切なデザインを守るために数多くの意匠権を世界各国で取得し、実際に数多くの裁判を起こしています。

 中でも話題になったのが、2012年に起きたSamsung Electronics社との英国高等裁判所での争いです。Samsung Eletronics社のタブレット端末「Galaxy Tab」の形状がiPadに類似しているとして、Apple社はSamsung Electronics社に対して意匠権侵害の訴えを起こしました。しかし、このときの判決では「Samsung Eletronics社の製品はApple社が持つ意匠権に係るデザインほど優れてはいない」という理由で、意匠権の侵害が成立しませんでした。

 意匠権の侵害を認めてもらうには、Apple社は「iPadはGalaxy Tabと同程度のかっこよさである」と主張すべきだったのかもしれませんね。

判断が難しい「類似」の範囲

 Apple社は英国の裁判では負けてしまいましたが、他国では意匠権の侵害を認めさせてGalaxy Tabを販売停止に追い込んだことがあります。このあたりも、国や地域によって制度に違いがあることを反映しています。

 日本の意匠法は、意匠権の効力を「意匠権に係る意匠(デザイン)と同一または類似の範囲に及ぶ」としています。この「類似」というのが厄介で、特許庁の審査基準なども一応あるのですが、最終的にどのような判断が下されるのか判決が出ないと分からないこともあります。

 とはいうものの、同一のデザインのみならず、「類似」のデザインにまで効力が及ぶというのは強力です。意匠権を持たない側(追従する側)からすると、類似しているかどうかを事前に判断できない以上、慎重にならざるを得ません。

 ここで注意ですが、意匠権の効力は「係る物品と同一または類似の物品」に限られます。例えば、パソコンの意匠権は、デザインが似ていたとしても学習机には及びません。デザインだけでなく物品の類似も問われるわけです。この「物品の類似」についても、判断が難しい場合があります。