「スポーツは『究極の複雑系』だ。様々な要素が複雑に絡み合っており、スポーツ科学をいくら突き詰めても、これまでは試合で勝つというところまで持っていくのは難しかった。ところが、近年の技術進歩でそれが手に届くところまで来ている」

東京大学の「スポーツ先端科学研究拠点」は、同大学大学院総合文化研究科が中心となって運営する
東京大学の「スポーツ先端科学研究拠点」は、同大学大学院総合文化研究科が中心となって運営する

 東京大学が2016年5月に設立した「スポーツ先端科学研究拠点」の拠点長を務める、同大学大学院総合文化研究科の石井直方教授はこう語る。

 スポーツ先端科学研究拠点は、これまで東京大学が蓄積してきた学術成果を基盤に、アスリートの競技力向上などを目的としたスポーツ科学に関する先進的な研究を進める。それを通じて、健康寿命の延伸や障がい者のQOL(生活の質)向上など、社会課題の解決に貢献することを目指している。

 スポーツ・健康科学を専門とする研究者が最も多い総合文化研究科が中心となって運営するが、医学系・工学系を始め全学から16の研究科や研究所、研究室レベルでは50以上が参加する。まさに、“全東大”の英知を結集した取り組みだ*1

*1 東京大学のスポーツ先端科学研究拠点については前回の「東大生オリンピアンは、テクノロジーで生まれるか」を参照。

実験室から試合へ

 なぜ今、スポーツをテーマにするのか。もちろん、その背景には、2020年の東京オリンピック・パラリンピックなどの開催によってスポーツに対する世間の関心の高まっていたり、政府がスポーツを成長産業と位置づけて支援したりする動きがある。政府の「日本再興戦略2016」には、スポーツ産業の市場規模を2015年の5.5兆円から、2025年に15兆円に拡大する目標が明記された。

 しかし、それだけではない。冒頭の石井教授のコメントにあるように、近年のセンシング、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ解析、人工知能(AI)などの技術の進化や低コスト化によって、スポーツが技術開発や研究の対象として複雑過ぎて手に負えないものから、“魅力”が詰まった「究極の実験場」になってきたことが大きい。

 国内ではNTTグループ、パナソニック、ソニー、富士通、NEC、キヤノンなど、海外では米IBM社、米Intel社、米Microsoft社、米Cisco Systems社、ドイツSAP社など世界的な大手企業が、AIやIoT、ビッグデータといった旬の技術をスポーツ分野に応用するソリューション開発や研究プロジェクトをこぞって進めている。例えば米国では、今やスポーツ産業の市場規模は約60兆円と自動車産業を超える水準になったと言われる。名だたるテクノロジー企業がスポーツに群がる理由は、実験場であり、世界的な巨大ビジネスであるスポーツ産業に大きな期待を寄せているためだ。

 「東大では何十年も前からバイオメカニクス(生体力学)の研究をやっている。実験室では高精度なデータが取れるが、実際の試合での動作と同じなのか、という疑問が常にあった。それが、技術の進歩によってようやく試合などでデータを取って分析ができるようになってきた」(石井教授)。