提案があった「医療コンシェルジュ」という存在は、決して新しい職種ではないと思っています。そうではなくて、この仕事はこの職種の専権事項だよ、という境界をちょっと緩めることでどの職種の人も医療コンシェルジュになれるのではないでしょうか(関連記事1)。

京都大学医学部附属病院 医療情報企画部 教授の黒田知宏氏(写真:加藤康、以下同)
京都大学医学部附属病院 医療情報企画部 教授の黒田知宏氏(写真:加藤康、以下同)
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 もちろん、医師や薬剤師、介護士にしかできない仕事はあります。しかし、もう一歩先の仕事ができたらこんなことができるのに…という思いを抱く場面は実際に多いと思います。

 この、ちょっとした一線を越えられるかどうかは制度の問題です。「この職種の人にはこの仕事までさせた方が効率的でしょう」というように境界を少しずつ緩めるだけで、医療コンシェルジュは自動的に生まれてくると思います。

 では、なぜ医療コンシェルジュが必要なのでしょうか。私は、コンシェルジュの役割は2つあると思っています。一つは患者にとっての“駆け込み寺”の役割です。

 駆け込み寺が求められていることは、総合病院の様子を見ればわかります。選定療養費が設定された後も多くの患者が総合病院に駆け込む姿はさほど変わっていません。これは、総合病院に行けばワンストップの対応をしてくれるとの期待があるからです。もし、薬剤師や介護士が、医療コンシェルジュとして専門外の情報を収集して患者に提示することができれば、この駆け込み寺の役割を担うことができるのではないでしょうか。

 もう一つの役割が、ずっとかかっている医療機関に対してプラスアルファの仕事をお願いするというもの。前回の議論で“外商さん”と表現した役割です(関連記事2)。毎月会う“外商さん”であれば、「これ調べておいてくれない?」と頼むこともできるでしょう。

 これらの役割を実現するためには、やはり先ほど述べた通り、それぞれの職種の仕事の境目を緩める必要があります。今のままでは、患者があっちにもこっちにもいかないといけないからです。デジタルを活用するのも一つの手です。薬剤師や看護師、ソーシャルワーカーが患者の元に出向き、「こんなことができそうだ」と思うことがあったとします。そのときにICTを使ってコンサルトを受けながらならやらせてあげるというだけでも社会は変わるでしょう。

 極端なことを言えば、医療従事者だけでなく患者やその家族も医療コンシェルジュになる可能性があります。例えば、米国では患者が自分の病気のデータを収集し、「私と同じ病気の人は、この薬が効いてこの治療法は効果が期待できない」という情報を公開しています。特定の疾患に関しては医師よりも患者のほうがよっぽど情報を持っている場合すらあるのです。

 医療コンシェルジュをbotが担うという提案もありましたが、それには向き不向きがあるでしょう。コンシェルジュが扱う情報にはドライなものとウェットなものの2種類が想定されます。前者はセンサーなどで定量的な数値として測定できるもの、後者は家族の事情や医師のタイプなど数値化することが難しい情報です。ドライな情報の取り扱いは人よりもbotのほうが優れていると思いますが、ウェットな情報の場合はそうはいきません。

 このように情報を2階層に分けて考えると、人と機械の分担がおのずと決まってくるのではないでしょうか。これを整理していくことで、コンシェルジュの役割を誰が担って、どんな仕組みがあって、どんな情報が必要で…ということが少しずつ見えてくるのではないかと思います。