2017年時点ではまだ、建築や住宅の設計にAI(人工知能)はほとんど使われていない。しかし今後は、建物の設計という創造性が不可欠と考えられる領域でも、AIを活用していく場面は広がっていくとみられる。以下では、現状の技術開発の動向なども踏まえて、2020年代に建物の設計業務がどのように変貌しているのかを、フィクションとして描いた。

 速くて、安くて、何度でも――。3年前によく耳にしたCMが久しぶりに流れてきた。その傍らで、弁当をつつく山田豊と佐藤英司は顔を見合わせて苦笑いする。

 「久しぶりに聞くなあ」。コンクリート製品の大手メーカーSSC工業を経営する佐藤が口を開くと、佐藤より一回り年上で、還暦を迎えた山田はこう返した。「ほんと。今こうしているのはこいつのおかげだよ」。

 2025年春、2人は建築材料としての利用を目指す新開発の無機系ブロック材の性能検証用のデータを、SSC工業の工場で集めていた。

 冒頭のCMを流していたのは、19年に米国から日本に進出した家具量販店のブーマーだ。バリエーションの多さと安さを武器に、日本初出店から数年ほどで急成長。首都圏を中心に6店舗を展開していた。ブーマーのCMが売り込むのは、首都圏での住宅設計と建設のサービスだ。

 窓口と設計はブーマーが、実際の建設は提携工務店が担う。既存のハウスメーカーとは異なるプランニングやインテリアデザイン、外観を備えた住宅を手軽に検討できる点が評価され、人気を博していた。

 自らの名前を掲げた建築設計事務所を主宰する山田は、このCMが流れ始める8カ月ほど前、ブーマーと住宅設計で競ったことがあった。それは、住宅プロデュース会社が住宅設計者を募って実施する設計コンペの場だった。

 コンペに呼ばれる際に、プロデュース会社の蓑田康雄社長から「今回は特別にAI(人工知能)による自動設計をメンバーに加えさせてください」と説明を受けた。コンペに参加するほかの2人は認めているという。気分は良くなかったが、断ってコンペに参加できなくなるのももったいない。そう思って、渋々承諾した。