本記事は、電子情報通信学会発行の機関誌『電子情報通信学会誌』Vol.100 No.11 pp.1242-1247に掲載された「中山間地域の耕作放棄地を活用した牛飼養の省力化と効率化に貢献する情報通信技術」の抜粋です。本記事はオープンアクセスとなっておりますが、全文を閲覧するには電子情報通信学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(電子情報通信学会の「入会のページ」へのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(電子情報通信学会のホームページ内、当該記事へのリンク)。『電子情報通信学会誌』の最新号はこちら(最新号目次へのリンク)。電子情報通信学会の検索システムはこちら(「I-Scover」へのリンク)。

1.緒言

 日本は主に工業製品を海外に輸出し、外貨を得て、日本を豊かにしてきた。一方で、食料輸入を規制し、自国の農産業を保護するとともに、国内に足りない食料品を海外から購入してきた。しかしながら、1991年のウルグアイラウンドの締結により、それまで輸入制限により守ってきた国内の基幹農業生産物、米、牛肉及びオレンジ等を諸外国より輸入自由化するように迫られた。安価な食料の輸入により、日本農業は痛手を負うこととなった。多くの農家が経営困難となり、高齢化にも拍車が掛かり、多くの耕作放棄地が認められるようになった。

 日本の国土の73%は山であり、平野部は主食の米生産が主要である。輸入穀物飼料に依存した集約的な畜産を選んだ日本では、畜産も比較的平野部で営まれた。輸入穀物を多給して生産する和牛肉は、筋内脂肪が多い特徴的な霜降り牛肉となった。和牛は、そのユニークな肉質から、(海外に持ち出された和牛や和牛精液を元に)アメリカ、カナダ、オーストラリア、メキシコ、中国、タイ、及びドイツ等ヨーロッパ各地等、現在では世界中で飼養され始めている。(外国の品種と交雑したものもWAGYUとして販売されている。)

 しかし、日本では、草食動物であるこの和牛に輸入したとうもろこしを中心とした穀物飼料を1頭当り4~5t与えなければならない。更に、輸入穀物価格の高騰や生産システムの特異性により、現在、1頭の売値に対してコスト率は90%以上であり、ビジネスとしては非常に厳しい状況である。平成26年度の農林水産省によると全国平均として、和牛1頭の生産費は約101万円(子牛を購入して20か月間の肥育の場合)であり、農家所得は1頭当り約4.5万円となっている。このように経営が厳しい状況に、単純に高コストのICT機器を導入することは現実的ではない。

 牛肉生産は、激しい価格競争の中、牛舎内で、大量の輸入穀物飼料を給与している状況である。また、過度な輸入飼料への依存は、輸入飼料にBSEやFMD(口てい疫)等に係るたん白質やウイルス等が混入するリスクも高まる。

 牛は従来、地域の植物を食し、ふん尿はその地域の植物を繁茂させるための堆肥となり、植物─牛─ふん尿─堆肥─植物という循環が成立していた。しかし現実は、海外で生産された穀物を日本で与えているために、そのふん尿は堆肥化しても行き場を失って、統計では、年間約8,000万トンのふん尿が日本国土に蓄積されている。この過剰な堆肥は、現実的に日本で使用できる量をはるかに超えている。(机上の計算では使用できるという人もいるが。)特に窒素が問題であり、環境への負荷を考えると、この処理をどのようにするのか、早急に対応する必要があるだろう。しかしながら、行政機関としては、このシステムを基盤に営む現在の農家を守らなければならない現実がある。更にそれに関わる生産の仕組みを維持しなければ、流通業界がダメージを伴ってしまう。このように牛肉生産の仕組みは、変革することが難しい状況がある。

 しかしながら、この生産システムは、未来に向けて深刻な多くの問題を包含しており、TPP等国際的な食料貿易関係の導入も見据えて、将来に向け、日本の牛肉生産は、どのような生産の仕組みにシフトすべきか真剣に考慮する時期に来ている。

 昨今、少しずつ消費者や飲食業界、あるいは予防医学を探究する医師たちが、放牧による自然な形の肥育による、いわゆる牧草牛に興味を持ち始め、赤身肉のし好も高まり始めている。放牧肥育は、牛にも飼養する人にも優しい農業であるが、産業とするには、更なる効率化、省力化が必要である。

 筆者は、九州大学の遠隔地施設、農学部附属農場高原農業実験実習場にて、多くの民間企業と連携しながら、約100頭の牛と約80ヘクタールの土地を使って研究を進めてきた。本稿では民間企業と共同研究で行った新しい牛肉生産システムにおけるIoT農業の取組みを御紹介し、 議論したい(図1)。

図1 九州大学の牛肉生産パッケージコンセプトの概略
図1 九州大学の牛肉生産パッケージコンセプトの概略
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