本記事は、電子情報通信学会発行の機関誌『電子情報通信学会誌』Vol.100 No.12 pp.1391-1395に掲載された「新領域の創造のための電子情報通信技術の価値への視座:法と倫理の観点から」の抜粋です。本記事はオープンアクセスとなっておりますが、通常、全文を閲覧するには電子情報通信学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(電子情報通信学会の「入会のページ」へのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(電子情報通信学会のホームページ内、当該記事へのリンク)。『電子情報通信学会誌』の最新号はこちら(最新号目次へのリンク)。電子情報通信学会の検索システムはこちら(「I-Scover」へのリンク)。

編集部注)本稿は2016年12月31日時点での情報をもとに記載されています。

1.電子情報通信技術による価値の創造と再生

1.1 コンテンツ市場における“価値”

 電子情報通信技術はメディアに影響を与え、コンテンツの新たな価値を提供してきた。法学分野でも、例えば、パブリシティという概念は、近年、最高裁判所でも認められた権利で、人格権に由来する権利の一内容を構成する(ピンクレディー事件、平成24年2月2日)。パブリシティ権は、著名人の顧客吸引力を本質的要素とし、メディアという媒介者の存在が不可欠である。これまでは、マスメディアを媒介する形でしかなかった。しかし、インターネット上に画像がクリック1 回で複製され、SNS のタイムラインに流れる状況は、パブリシティの飛躍的拡散を促進している。その例が、Googleの動画像共有サービスYouTube の“ミュージック全世界トップ100”において、日本人で初めて世界一を取ったピコ太郎の「PPAP」で、実証されたといってよい(1)

 他方で、負の側面もある。ディジタルコンテンツは、著作物であり、著作権法によって保護されていることが多い。電子情報通信技術は、この著作物を無断で複製すること、改変すること(著作権法上は、“翻案”(同法27 条)という。)を容易にし、著作権者の権利侵害を誘発しやすい状況を生み出した。これに対抗して、無断複製を防ぐために、AACS(Advanced Access ContentSystem)を代表とする暗号型(注1)、SCMS(Serial CopyManagement System)等の非暗号型(注2)技術が開発された。そして、これら技術は、著作権法上、“技術的保護手段”(著作権法2 条1 項20 号)として、無許諾での回避行為に民事的、刑事的規制を設けている。

 このように、電子情報通信技術は、新たな価値を創造する基盤となっている。

(注1) Blu-ray disc, HD-DVDに用いられる保護技術であり,コンテンツを暗号化し,復号に必要な鍵等を機器メーカにライセンスし,そのライセンス契約により,機器メーカにコンテンツの複製制御等を義務付ける。

(注2) 音楽CDで用いられているような再生機器とディジタル記録機器をディジタル音声接続したときに記録機器の記録機能を制御(複製の世代制御)する技術。

1.2 本稿の問題意識

 このように、技術の進展は、新たな紛争を巻き起こしてきた。通信分野ではないが、ビデオデッキの登場は、アメリカで有名なベータマックス事件を起こした(注3)。連邦最高裁で、5対4という僅差でソニーが勝訴しなければ、ビデオテープが流行することもなかった。このように、新しい技術は価値をめぐる戦いに巻き込まれる運命にある。そこで、本稿では、電子情報通信技術を基盤とする金融市場、仮想通貨におけるブロックチェーン技術、人工知能といった比較的最近の技術によって、守るべき価値と新たな価値について、今後、どのような価値バランスが創造されるのか、検討したい。

(注3) Sony Corp. of America v. Universal City Studios, Inc., 464 U.S.417(1984)