介護施設などで高齢者に仕事をしてもらい、社会参加を促すことで生涯現役社会を実現する。そんなコンセプトで経済産業省が提唱しているのが、「仕事付き高齢者向け住宅」である。

 2017年12月から仕事付き高齢者向け住宅のモデル事業を行っているのが、社会福祉法人 伸こう福祉会と東レ建設だ。2017年度には、両法人の提案が「仕事でイキイキ高齢者健康寿命延伸事業」として経済産業省の健康寿命延伸産業創出推進事業に採択された。このモデル事業を通じてどんなことが見えてきたのか。現在までの成果や課題を追った。

畑仕事をしている様子(写真提供:伸こう福祉会)
畑仕事をしている様子(写真提供:伸こう福祉会)
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「この仕事はできません」と線引きせず

 今回のモデル事業では、要支援~要介護3の高齢者が仕事を通じて自らの生活を豊かにしてもらうことを目指している。舞台となったのは、伸こう福祉会が神奈川県藤沢市で運営する介護付き有料老人ホーム「クロスハート湘南台二番館」。2017年12月~2018年2月にかけて、86~97歳の合計15人の入居者が「仕事」に参加した。

高床式砂栽培農業施設「トレファーム」(写真提供:東レ建設)
高床式砂栽培農業施設「トレファーム」(写真提供:東レ建設)
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 今回用意したのは、(1)畑仕事、(2)保育園での作業、の2種類である。(1)の畑仕事に関しては、施設から車で7分ほどの場所に東レ建設が高床式砂栽培農業施設「トレファーム」を整備し、畑仕事ができる環境を整えた。トレファームで葉物野菜のフリルアイスとミックスリーフを栽培し、収穫して販売するまでの全工程を行ってもらった。

 (2)の保育園での作業は、伸こう福祉会が運営する保育園で実施した。具体的には、児童の散歩の補助や食事の盛り付け、掃除などの仕事をした。

 どの仕事をどれだけ行うかは、入居者の希望を尊重した。施設で説明会を実施し、どういう仕事があるのかを入居者に伝えた上で、「畑仕事がしたい」「子供と関わりたい」などの要望を聞く形をとった。個人の状態に合わせて仕事を行ってもらうために、医師や家族にも相談し、どういう注意が必要かを確認したという。

 介護度や身体状況によって「この仕事はできません」と線引きすることは行っていない。利用者がやりたいことをできる範囲でやってもらいたいという思いが根幹にあるからだ。

 実際、今回のモデル事業では、車いすを利用する入居者が畑仕事に参加した。これは、トレファームが“高床式”であることも多分に影響している。しゃがむ姿勢をとらなくても農作業ができるため高齢者でも楽に作業ができることは分かっていたが、「要支援・要介護の人でも楽しく使ってもらえたことは嬉しい驚きだった」と東レ建設 トレファーム事業推進室 次長の内田佐和氏は話す。

トレファームではしゃがまずに作業ができる
トレファームではしゃがまずに作業ができる
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(写真提供:伸こう福祉会)
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 職業紹介事業所ではなく、高齢者を支援する介護施設だからこそ「入居者が何をやりたいのかを聞き取り、それに合った仕事を用意したい」と伸こう福祉会 経営企画室の中村洋平氏は語る。介護施設だからできる環境づくりに注力していきたいとしている。

 どういう仕事が提供できるかについては、現在も検討を続けている。「いろいろな仕事が選べるようになれば」と伸こう福祉会 品質管理本部の荒川多恵子氏は展望する。特に導入しやすいのは、高齢者の趣味や以前の仕事を生かせることだという。