医療・健康分野へのIT活用については、病気を治すことをいかに効率化するかに議論が傾きがちだと感じています。一人ひとりの生活に目を向ければ、それぞれはとても多様で複雑です。そうした多様さ、複雑さというものに対応するために、技術や情報をどう活用できるかという視点を持つことが大切ではないでしょうか。

東埼玉総合病院 地域糖尿病センター センター長の中野智紀氏(写真:加藤康、以下同) 
東埼玉総合病院 地域糖尿病センター センター長の中野智紀氏(写真:加藤康、以下同) 
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 ケアの関係者がみなITで連携するという姿は、うまく機能するのなら確かに理想的かもしれません。でも日々現場に向き合っている立場からは、それは現実的ではないと言わざるを得ません。実際にはシステムの導入費用も大きな問題になりますし、利用する側のリテラシーの問題もあります。埼玉県では3万人規模が加わるEHR(electronic health record)を運用しており、さまざまな情報発信もなされていますが、そうした情報を本当に活用できている利用者は一部に限られていると感じます。

 重要なのは、情報そのものではなく、情報への意味づけ。私はそう考えています。情報がきちんと整理された形で見える化され、専門職が患者に寄り添いながら、その情報の意味を患者とともに考えていく。それを通じて患者の決断を支援することが肝心で、情報が本当に役立つのはそういう意味においてではないでしょうか。

 情報活用を支える制度や組織については、実態に即して柔軟に改変できることがとても大切だと思います。一人ひとりのケアに現場で向き合っていると、制度や組織の方に問題があると感じる場面は少なくありません。目の前にいる1人を本当に守ろうとするならば、制度や組織はこうあるべき、という知見が現場には豊富にあるのです。そうした思いをすくい上げることのできるボトムアップの仕組みがほしい。部分最適化に陥るのを防ぎ、全体の見通しを良くするのはそういう仕組みではないかと思います。

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 行政の機能は、できるだけ最小化すべき。そのようにも考えています。多様で複雑な人々の暮らしを、行政や制度が一つの方向に縛るようなことがあってはなりません。その意味では、行政や制度という枠組みから人々の暮らしを解放することがITの役割でもあるでしょう。どこに住んでいても公的なサービスを享受できることを保証しようとすれば、それを支える手段はITしかないのですから(談)。