救急現場を可視化するために、佐賀県ではすべての救急車にタブレット端末を配備しました。救急医療のIT化を行って気が付いたのは、技術的には可能であっても実現し難い事情があることです。例えば、現場の様子を動画や写真で医療機関と共有することは、技術的には10年以上前から可能です。しかし、救急車で運ばれているときに「みっともない姿を見られたくない」「失禁や失神したことを知られたくない」というニーズもあります。

佐賀県 政策部 企画課 企画担当係長の円城寺雄介氏(写真:加藤康、以下同)
佐賀県 政策部 企画課 企画担当係長の円城寺雄介氏(写真:加藤康、以下同)
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 こういった情報は誰が守るべきなのでしょう。セキュリティーは日進月歩で性能を高めているものの、万能はありえないと思っています。そうすると、情報を守るためには使いづらくて重い、お金がかかる仕組みを導入しなくてはいけなくなってしまいます。

 新しいことを始める際に大切なことは、“諦めるところは諦める”ことではないでしょうか。救急車で運ばれるときに「個人情報も守れ」「命も守れ」というのは無理な話なのです。これでは技術力とセキュリティーの終わりのないせめぎ合いになってしまいます。患者側も捨てるべきところは捨てて、守るべきものを守る必要があると思うのです。

 新しいことを始めるときには、さまざまな壁が立ちふさがります。国と地方に関する事例で、岩手県の貧しい村で村長をしていた深沢晟雄さんという方の話を思い出しました。当時の国民健康保険法では、治療に必要な料金の半分は患者が負担しなくてはなりませんでした。しかし、その村はとても貧しく、高齢者の中には死亡診断書を書いてもらうときに初めて病院を訪れる人もいたほどでした。

 この状況を変えるために、深沢さんは乳児と高齢者の医療費を村が負担することに決めたのです。法律には違反しているかもしれないが、「健康で文化的な最低限度の生活」と明記されている憲法には背いていない。この取り組みを行うことで、国はきっと後からついてくる。そんな思いで始められたことでした。

 佐賀県で救急車にタブレット端末を導入した際も、周囲からは「なぜ佐賀県が最初に始めなくてはいけないのだ」などといった声が聞こえました。しかし、私たちは悪さを企んだり自己の利益を目的にしていたりしたわけではありません。だからきっと、いつかルールが代わり、私たちの取り組みを後押ししてもらえる流れになると信じて始めたのです。実際、導入から5年経った今では佐賀県の取り組みが全国へと広がりつつあります。

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 ドクターヘリに関しても同じような事例があります。ドクターヘリは民間企業と病院が運航しているので、航空法の適用があります。災害時や緊急時は、あくまでも消防や自治体から要請がないと飛んではいけないのです。ところが、東日本大震災が発生したとき、自治体はそもそも「助けてくれ」とすら言えない状況でした。当時は各病院の判断でドクターヘリを飛ばしたのです。

 厳密に言えば、これは航空法の違反を犯したことになります。しかし国民からは、「ルールの方がおかしいのではないか」という意見が出ました。こうした流れが後押しし、2013年11月には航空法の施行規則でドクターヘリを緊急用のヘリとして認めたのです。たとえ法律やルールに違反していたとしても、それが良いことであれば後にルールの方が変わる可能性があることを実感した事例でした。

 大切なことは、我々が何のためにそもそも仕事をしているのかということを考えることです。そうすれば必ず国民は支持してくれると思っています。

 とはいえ、どんなに良いことをやろうとしても「無料」では継続することができません。佐賀県では2014年から民生委員の人にタブレット端末を配布しました。しかし、1年間の実証を終えた頃、プロジェクトは止まってしまいました。財源が確保できなかったからです。継続的に事業を回すためのお金を誰が負担するのかについても考えなくてはなりません。