前回に述べた通り、長い停滞期を経て、2014年からに29年ぶりに国産次世代主力ロケット「H3」の開発が始まっている。このH3の第1段向けに新たに開発されたエンジンが「LE-9」である。日本としては現行のH-IIA/H-IIBロケットの第1段エンジン「LE-7A」および第2段エンジン「LE-5B」以来の大型のロケットエンジン開発となる。

 2001年初打ち上げのH-IIAロケットの開発以降停滞し、世界の潮流にすっかり取り残された日本のロケット技術。H3とLE-9の開発には、国内のロケット開発技術と人材を蘇らせ、世界の一線に再び挑戦できる状況まで引き戻す重要な役割も込められている。そのためLE-9の開発には、世界に類を見ない独自技術の開発が盛り込まれている。採用した燃焼サイクル「エキスパンダー・ブリード・サイクル」である

LE-9エンジン(写真:JAXA)
LE-9エンジン(写真:JAXA)
種子島宇宙センターの燃焼試験スタンドに据え付けられている。縦方向に長い主燃焼室に注目。
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 ロケットエンジンは、ロケットの中で最も開発に手間とコストの掛かる構成要素だ。宇宙関連業界には「ロケットエンジンを開発するなら、ポケットを札束で一杯にしておけ」という言葉すらある。それは同時に、ロケットエンジン開発の危険性も示している。いつ燃焼試験中に爆発事故が起きても不思議はないし、爆発事故が起きればリカバリーに時間とコストがたんまりとかかる。過去には日本も、H-IIロケット第1段用エンジン「LE-7」の開発で何度も爆発事故を経験している。

 その意味で、H3ロケットの第1段エンジンLE-9は、H3にとって最大の新規技術開発要素と言える。液体酸素・液体水素を推進剤として使用し、真空中での推力は150トンfに達する。H-IIAの第1段エンジン「LE-7A」の真空中推力が112トンfだから30%以上の出力向上となる。LE-9は日本が開発する過去最大のエンジンなのだ。

 新規開発のエンジンといえば「高性能」を目指すのが普通だが、LE-9は少し異なる。目指すのは「簡素・低コスト・高信頼性」である。多少性能で劣っても「簡素で安くて壊れない」を狙う。その象徴がLE-9が採用した燃焼サイクル「エキスパンダー・ブリード・サイクル」なのだ。