1964年東京オリンピックエンブレムを制作した亀倉雄策。亀倉の評伝作『朱の記憶 亀倉雄策伝』(日経BP社)の著者であるクリエイティブディレクターの馬場マコト氏と、同書の装丁を手掛けたグラフィックデザイナーの奥村靫正氏の対談(2016年3月24日、東京・青山ブックセンター本店にて開催)の前編では、2020年東京オリンピックエンブレム問題の本質、デザインが痩せて来た理由について語られた。後編では、これからのデザインの価値、そしてデザインの将来について紹介する。

消費者の価値観の変化がデザインに多大な影響

馬場 現代では、企業の経営トップが広告まで見ているということは本当に少ない。これは、広告というものの価値が低下しているということなんでしょうか。奥村さんはどうお考えですか?

奥村 広告の受け手である消費者の価値観の変化が大きいのではないかと考えています。今は情報が氾濫している時代で、消費者も、メディアも、新しいものにどんどんと飛びついていく傾向がすごく強くなっていますよね。

 例えば、僕たちが若い頃、グラフィックデザイナーにとって一番燃える仕事はポスターをつくることでした。自分が制作するポスターがどこの駅に何枚張られるのかということをすごく気にしていましたし、ほかのデザイナーの作品を見るために用事がなくても駅に足を運んだりしていました。

 それだけ力を入れていたということですが、今は、力を入れてもそれほど効果がないんじゃないかと感じています。それよりもむしろ、先ほど馬場さんが講演で紹介なさっていた、アベノミクスの三本の矢のビジュアルのようなデザインの方が世の中に訴求しやすいのかもしれない。*1

馬場 ええ? 本当ですか?

奥村 もちろん、あの三本の矢のビジュアルを僕がつくるとしたら、もっと別のものをつくりますけど(笑)。でも、企業のデザインにおいても、僕らが生きて来た時代の価値観とは全く違うところから発想が生まれているのではないかと思います。

馬場 それは、デザイナーは消費者が求めている世界観を提示しているということですか?

奥村 そうですね。もちろん、企業のブランディングに沿っていて、デザイナーのアイデアが入っているとは思いますが、亀倉さんをはじめとした戦前・戦後に活躍してきたデザイナーが持っていたグラフィックデザインのスピリッツというところからは全く離れた価値観の下で制作されていると感じています。

馬場氏と奥村氏のトークショーには、大勢の人々が詰めかけた。
馬場氏と奥村氏のトークショーには、大勢の人々が詰めかけた。