「トヨタ流人づくり 実践編あなたの悩みに答えます」では、日本メーカーの管理者や社員が抱える悩みに関して、トヨタ自動車流の解決方法を回答します。回答者は、同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏。自身の経験はもちろん、優れた管理手腕を発揮した他の管理者の事例を盛り込みながら、トヨタ流のマネジメント方法を紹介します。
悩み
設計開発部門の部長を務めています。部下のモチベーションを高めることの大切さを痛感する日々です。できる限り部下を褒めて業務に前向きに取り組ませようとしているのですが、中には全く効き目がない部下がいて困っています。業務を命じても、言い訳をしたり、私の目を盗んでサボったりで、一向に成果が出てきません。こうした部下を業務に向かわせて成果を出してもらうために、何か良い方法はありませんか。

前回から)人に優しく、部下に気を使うトヨタの上司も、部下のモチベーションを高めるために、敢えて崖っぷちに立たせ、追い込むことがある。言い訳を元から絶ち、仕事に立ち向かわざるを得ないようにするのが効果的だと肌附氏は話す。そして自らの崖っぷち体験を語る…。

言い訳を元から断つ

編集部:トヨタ自動車の中で、肌附さん自身が経験した事例はありませんか。

肌附氏— 崖っぷちに立たされたと言えば、なんといっても、「マスキー法」への対応でしょう。1970年に米国で制定された排出ガス規制法で、自動車の排出ガス中の一酸化炭素と炭化水素、窒素酸化物の排出量を1970~1971年型の車種に対して1/10以下に抑えなければ、1970年代半ば以降に生産する自動車の販売を認めないという内容でした。

 とても厳しい規制で、現在トヨタ自動車名誉会長の豊田章一郎氏も「当初は無茶と思えるほど厳しい規制で、企業の存亡にも関わるほどの危機だった」と、当時を振り返っています。担当する技術者のやる気がなかったわけではないのですが、あまりにも技術的なハードルが高い上に、自動車メーカーなのに製品であるクルマを販売できなくなるリスクがあったわけですから、担当していた設計者や私たち生産技術者は全員、かなり追い込まれました。

 私たちには言い訳する暇などなく、空前の危機に会社も「どのような手段を講じても構わない。何としてでも解決せよ」と、資金を惜しまずに出してくれました。そこで、技術者は触媒と副室式燃焼室タイプのエンジンの2つの技術開発を立ち上げました。その後、半年ぐらいで触媒がうまくいきそうだという感触を得て、触媒の開発に絞りました。最終的には、三元触媒によってマスキー法をクリアしました。

 実はこの時、私たちは保険として、ホンダが開発中だった低公害エンジンである「CVCC(複合渦流調整燃焼、Compound Vortex Controlled Combustion)」方式のエンジンも並行して開発していました。トヨタ自動車が開発に取り組んだ副室式燃焼室タイプのエンジンとは細部のところが違っていました。しかし、副室式燃焼室タイプでマスキー法に対応できない場合に備えて、保険としてホンダのようなCVCCの開発も手掛けていたのです。自前の方式で解決できなければ他社を真似てでも、何としてでも解決するという気持ちで技術者が一団となってマスキー法対策に立ち向かいました。

 こうした経験をすれば、やる気がないとか言い訳がどうとか言っている場合ではないということに誰もが気づくことでしょう。上司が怒鳴ったりしても、誰も気になりません。皆が必死であることが分かっているからです。チームワークの力も最大限に引き出されます。こうした崖っぷちの仕掛けが有効なケースも、ときにはあるということです。

編集部:崖っぷちに立たせる効果は分かりました。ただ、やはり、そこまで追い込まれる前に、やる気の乏しい状態の社員を減らしたいところです。トヨタ自動車の場合、やる気の乏しい社員の数を減らす仕組みはありませんか。