本コラムでは、日本メーカーの管理者や社員が抱える悩みに関して、トヨタ自動車流の解決方法を回答します。回答者は、同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏。自身の経験はもちろん、優れた管理手腕を発揮した他の管理者の事例を盛り込みながら、トヨタ流のマネジメント方法を紹介します。
悩み
メーカーのある部門で、管理者として30人ほどの部下を束ねています。これまでは国内で激しい競争を繰り広げてきましたが、最近は台湾企業が急速に力をつけてきて、海外市場、特に売り上げの大きい米国市場でシェアを奪われ始めました。そこで、全社的に社員の一層の能力アップを目指すことになりました。部下の能力を引き出すうまい方法を教えてください。

前回から)心のマネジメントで大切なことは、職場の小さな困りごとを見つけ出して、解決してあげるなど、部下のモチベーションを高めたり、やりがいを持てたりするように環境を整えるのが有効だと肌附氏は話す。なぜトヨタにそのような企業風土が育ったのだろうか。

厳しさと優しさの最適バランス

編集部:部下への気遣いが部下の能力アップにつながる。興味深いマネジメント方法ですが、あまりやり過ぎると部下を甘やかすことになりませんか。

肌附氏―もちろん、部下を成長させるには厳しさも必要です。ただ、気をつけなければならないのは、いつも厳しい管理者ではダメだということ。厳しさと優しさ(気遣いや思いやり)のバランスをとる必要があります。その割合は、トヨタ自動車時代の私の経験では7:3程度が最適だと思います。厳しさの中に優しさが見える方が、部下の心に響くものです。

 技術者の仕事はハードです。そうでなければ、厳しい競争社会を生き抜くことはできません。当然ながら、管理者として部下に与える課題や目標は高くなる。しかし、頃合いを見計らって「いつも君にはつらい仕事を頼んでしまって悪いな。分かってはいるんだが、どうしても君に期待してしまう」などと声を掛けるだけで、その部下の精神面をケアし、やる気を高めて、結果的に能力を引き出すことができるものです。

 もちろん、部下を注意したり叱ったりすることも必要です。しかし、その場合でも、気遣いが大切となります。例えば、部下に仕事の進捗が遅い点を注意する際には、「君は仕事は遅い。でも、丁寧だな」という具合に、マイナス面(短所)を指摘するだけに留めず、プラス面(長所)を評価して褒めてあげる。すると、部下は管理者からの指摘に落ち込むことなく、前向きに捉えて成長につなげることができます。

編集部:異動してきたばかりの社員や新入社員で仕事が分からず、仕事に対してあまり自信を持てない部下もいることでしょう。性格が内向的でおとなしい部下もいます。こうした場合に、部下の能力を引き出す方法はありますか。

肌附氏―1つの方法は、そうした部下の意見や提案をできる限り採用してあげることです。例えば、新入社員の場合、管理者からみると拙い意見や提案しか出てこないことでしょう。しかし、新入社員の時はみんなそういうもの。新入社員にしてみれば、自分なりに懸命に考えて、勇気を振り絞って伝えた意見や提案かもしれません。その気持ちを汲んで、「いいことを言うな。参考にしよう」と言ってあげるのです。決して、部下のやる気の芽を摘んではいけません。

 日頃無口でおとなしい部下もいることでしょう。そうした部下には、例えば会議を利用する方法があります。「今日はみんなに必ず1回は意見を述べてもらう」と伝え、1人ひとり順番に意見を発表してもらいます。よく、「会議で一言も発しないことは、参加していないことと同じだ」などと叱る管理者がいますが、日頃無口な部下には言わない方がよいと思います。そうした部下は、自分が責められているように感じて、やる気を失う可能性があるからです。

 性格が内向的だからといって、能力が低いわけではありません。それは単に部下の個性です。個性だけで部下を評価したり判断したりしてはいけません。こうした部下に対しても、やる気の芽を摘んではいけないのです。

編集部:トヨタ流の心のマネジメントでは、随分と部下に対して気を遣うのですね。ここまで部下を気遣うマネジメントは、他社ではあまり聞いたことがありません。なぜ、トヨタ自動車ではこうした心のマネジメントが出来上がったのでしょうか。

肌附氏―かつてトヨタ自動車が「弱小企業」だったからでしょう。その昔、トヨタ自動車が「田舎の鍛冶屋」などと揶揄(やゆ)されていたことは有名な話です。そんな会社に優秀な人材はなかなか集まってきません。それでも、自動車を造るために、大きなプロジェクトを次々と立ち上げて進めていかなければならない。すると、限られた人材の中で、いかに能力を引き上げていくかが大切になります。試行錯誤する中で、部下を気遣ってやる気を高めることが、結局は能力を最大限に引き上げる確率が高いということにトヨタ自動車の管理者は気づいたのではないでしょうか。

 クルマづくりはチームワークですから、多くの協力者が必要です。部下に協力してもらうには、気遣いを忘れてはならない。困っていたり悩んでいたりする部下を助けてあげれば、部下はその上司に恩返ししようと考えることでしょう。こうした経験が徐々に心のマネジメントを築き上げていったのかもしれませんね。