本コラムでは、皆さんの悩みに関してトヨタ自動車流の解決方法を回答します。同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏が、皆さんの現場で参考になる実践的で具体的な解決策を提供していきます。
悩み
設計開発部門の管理者を務めています。1年に1度の頻度で付加価値を生む技術を投入した新製品を設計開発することが最も大きな仕事です。例に漏れず、我々の業界も競争が年々激しくなっており、成果を出せと部員に発破をかけているのですが、最近はあまり大きな成果が出てこなくなったように感じて焦っています。成果を生み出すために、最適な管理方法はありませんか。

(前回から)成果を生み出すための管理手法を求める相談者に対して、肌附氏はトヨタの管理者が最も大切にしているポイントが「プロセス(過程)の重視」にあると話す。プロセスがしっかりしていれば仮に失敗してもメンバーを叱責しないという。後編はその理由を体験談と共に明かしていく…。


失敗という名の成果

編集部:トヨタ自動車で副社長まで務めた人が、「トヨタでは失敗しても責められることはない。失敗しても、もう一度チャンスを与えてくれる」と言っていました。

肌附氏―その通りです。トヨタ自動車では、敗者復活戦のチャンスはいくらでも与えられます。ただし、それはしっかりとしたプロセスを踏んだ社員に対してのみ。プロセスを重視せず、まずいやり方で進めた社員には、敗者復活戦に挑戦する機会はなかなか与えられません。そうしたメンバーに対しては「そんなやり方では、君はまた失敗するから、まずはその点を直さないとだめだ」と助言します。

編集部:しっかりしたプロセスとは、具体的にはどのようなものでしょうか。

肌附氏―典型的なのは、課題解決に対して複数の選択肢を用意することです。技術的な難易度や経営リソースなどを考慮しつつ、優先順位を付けながら複数の解決策を考案します。そして、まずは解決策Aで臨み、それが通用しなければ解決策Bで挑む。それでもダメなら、解決策Cを“秘策”として考えておく、といった具合です。

 ここまで深く考えて努力しているなら、管理者としてはもう一度チャンスをあげたいと思うでしょう。今回はダメだったとしても、次の機会には成功する確率は他のメンバーよりも高いだろうと考えるはずです。

編集部:ある企業でプロジェクトが失敗に終わり、そのチームに属していた開発者がこれまでとは全く関係のない営業や工場など望まない部門に回された。こうした話を何度か聞いたことがあります。

肌附氏―トヨタ自動車ではあり得ません。確かに、プロジェクトは失敗したかもしれませんが、そのチームが取り組んだ結果として、何らかの技術やノウハウが残っていると考えるからです。従って、失敗に終わったあるプロジェクトをやめたとしても、トヨタ自動車では、それに携わった社員を異動させたりしません。彼らが持つ技術やノウハウを元に、別のプロジェクトに挑戦させます。技術やノウハウを身に付けた人間には、その技術やノウハウを別の仕事や分野で生かすチャンスを与えるのがトヨタ流なのです。

 失敗したからといって左遷人事のようなことをしていたら、次に何か新しい付加価値を生む可能性のある芽を摘んでしまいます。そうではなく、たとえうまくいかなくて失敗しても技術やノウハウを残した成果があると考えるべきです。少なくとも、トヨタ自動車の管理者はこうした考え方をしており、それらが結果的に次のプロジェクトに反映されて成果に結びついています。

編集部:失敗を許す。だからこそ、部下が萎縮せずに次の課題に挑むことができる。しかし、そううまくいくのでしょうか。「失敗してもいいや」と安易に考える部下が増えるという心配はありませんか。

肌附氏―トヨタ自動車の管理者も口では「失敗は許さないぞ」「やる以上は絶対に成功させろ」といった言葉を部下に伝えます。そして、部下のプロセスをチェックして業務を進めさせます。そのチェックがとても厳しい。「ここにAの解決策を提案しているが、それでダメだったらどうするんだ。次善策はないのか。君は本気で考えているのか」といった具合です。

 しかし、真剣にやって失敗したからと言って左遷人事をしたという事例は聞いたことがない。私の経験でも「あれだけやったのだから仕方がない。今回はできないということが分かっただけでも、まあいいんじゃないか」「これも1つの成果だ」「これからは失敗しないように気をつけなさい」などと言って収めてくれる上司でした。

編集部:基本的に、プロセスを大切にしてベストを尽くせと言うんですね。では、プロジェクトへの責任をどこまで取るのですか。

肌附氏―失敗したら次の挑戦権を剥奪することではなく、「最後まで責任を持たせる」という意味での責任の取らせ方はあります。例えば、生産技術開発部で新技術を盛り込んだ装置を開発したとします。このとき、開発した技術者は装置を設計して終わるのではなく、工場の生産ラインに設置して安定した品質で量産稼働ができるようになるまで責任を持たせる。自分が造ったものに対し、“顧客”である作業者が作業しやすいように、設計変更や改造といった改善を最後までやり抜かせるという意味での責任の取らせ方です。