本コラムでは、皆さんの悩みに関してトヨタ自動車流の解決方法を回答します。同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏が、皆さんの現場で参考になる実践的で具体的な解決策を提供していきます。
悩み
開発部門でマネージャーを務めています。新興国メーカーやベンチャー企業の台頭、IT業界など異業種からの参入といった影響を受けて、最近、私たちが造っている製品のコモディティー(陳腐)化が急速に進んでいます。これを避けるためには、製品に付加価値をもたらす新技術が必要です。新技術が次々と生まれるような職場にしたいのですが、何かヒントはないでしょうか。

(前回から)新技術をどんどん開発し、イノベーションを生み続けるトヨタの現場の秘密は、常に繰り返される「あなたは技術者として、トヨタに何を残せるのか」という上司から技術者への問いかけにあると肌附氏は話す。一見、技術者を追い込む仕掛けに見えるが、実は技術者としての喜びを噛みしめる成果につながる仕掛けにもなっていると、肌附氏は説く。後編ではいよいよ肌附氏の体験が紐解かれる。

製造部部長からのねぎらいの言葉

肌附氏―入社して間もない新入社員だった頃のことです。生産技術を担う部署に配属された私は、クルマのクラッチを操作するフォーククラッチ・レリーズという部品(以下、部品)の生産技術を担当することになりました。でも、嫌で仕方がなかった。とても単純な部品で、技術的に何の面白みも感じられなかったからです。あまりにも嫌で、こんな職場にはいたくないとすら思ったほどです。

 ふさいだ気持ちでいたある日、私は工場に足を運び、その部品の生産工程をのぞいてみることにしました。そこでしばらく作業者の様子を眺めていると、スムーズに作業が進まず、作業者がなにやら苦労しているように感じました。

 その部品は、まず鋳造で鋳物ワークを成形した後、プレス機に入れて歪(ひず)みを除去することで加工していました。このうち、私が見たのは、プレス機で歪みを取る工程です。

 作業者は、鋳物ワークを金型に挿入し、プレス機で歪みを取った後、完成品を金型から取り出す作業を行っていました。ところが、10回に1度くらいの頻度で、生産ラインが止まっていました。プレス後に完成品が金型の下型にくっついて離れないトラブルが起きていたからです。その度に作業者は、バールのような道具を使って力づくで完成品を金型から引き離していました。作業者は「また、くっついたよ!」「いい加減にしてくれ」などと文句を言っていました。

 その部品は、私が担当する何年も前からトラブルを慢性的に起こしながら生産していたのです。しかし、前任者から引き継いで、その時に担当していたのは私です。その部品がトラブルの原因となって作業者を苦労させている。作業者に対して申し訳ないと感じた私は、その苦労を解消する方法を考えました。金型の上方(上型)にばね式のツメを設けたのです。プレス時にはツメが引っ込んでおり、プレス後にツメが飛び出して完成品を引っ掛けて自動的に下型から持ち上げる仕組みにしました。これにより、完成品が下型にくっつくトラブルがなくなり、生産現場の作業者が喜んでくれました。

 そのしばらく後、技術者の親睦会が開催されました。私が所属していた生産技術側だけでなく、製造側の社員たちも一緒の会でした。気を遣って製造部長がみんなに酒をついで回る中、若手の自分はこれはいけないと製造部長に酒をつぎに行きました。製造部長から名前を聞かれて答えたところ、製造部長はこう言ってくれたのです。

「ああ、あなたでしたか。私はあなたの名前はよく覚えていますよ」

 部署も職位も違うので、私は製造部長と面識はありませんでした。それなのに、若手社員の私からすれば緊張するくらい上の立場の人が私の名前を知っているというのです。驚いた私は理由を尋ねました。すると、製造部長はこう答えてくれました。

「フォーククラッチ・レリーズの生産ラインでよくトラブルが起きて、生産現場でとても困っていました。それを、肌附という若手の生産技術者がやってきて直してくれたと、現場の人間から聞いたのです。彼らはとても喜んでいました。あなたはいいことをしてくれましたね」。