本コラムでは、皆さんの悩みに関してトヨタ自動車流の解決方法を回答します。同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏が、皆さんの現場で参考になる実践的で具体的な解決策を提供していきます。
悩み
数十人規模の職場で管理者を務めています。QCD(品質・コスト・納期)に関する競争が激化する中で少しでも優位に立つべく、新たな施策を積極的に打っていきたいと思っています。ところが、部下は職務能力の高い人が多いのですが、なかなか思うように動いてくれません。比較的楽な仕事は問題ないのですが、より大きな仕事になると逃げられている感じがするのです。どうしたらよいでしょうか。

(前回から)働かない部下に動いてもらうには、仕事を達成できたときのメリットを見える化してやる気を引き上げ、目標達成に対する管理者の「思い」を部下に伝え続けるなど、管理者の方が気を配って準備をしなければならないと肌附氏は話す。では、具体的にどのような準備と気配りで部下を動かしたのか。話は佳境に入る。

肌附氏―最も多いのは、年度初めである毎年4月頭の方針説明会です。経営陣が全社に向けた方針説明を行った後、各部署がその方針に沿って自らの部署で目指す目標を掲げます。

 各部署の方針の説明には、多くの管理者が米Microsoft社の「パワーポイント」を使います。トヨタ自動車で特徴的なのは、この際に目標を見える化して明示・掲示することです。彼らがよく描くのは、A3判用紙の左下隅に「現在」と書き、そこから右上方に伸びる大きな矢印を描いて、その矢印の先に「目指す姿」、すなわち目標を記したものです。そして、矢印で区切られた紙の左上半分に、この目標を実現するために必要な会社としての課題とその解決策を書いていきます。一方、紙の右下半分には、目標を達成するために必要な職場のみんなの行動(私たちのやるべき行動)を書いていくのです。そして、この紙を職場のホワイトボードや壁などに貼り付けて、部下からよく見えるようにしておきます。

 トヨタ自動車の管理者は、こうして目標を見える化しつつ、目標達成に向けていかに自分が本気であるかを熱く語る場面が多くみられます。目標を掲げたものの、管理者自身に本気の姿勢が見られず、単に「やれ」と言われただけでは、部下は本気になって動きません。逆に、「どうせ成果を出すために、俺たちを利用するのだろう」などと心の中で思う部下も出てきます。最近ははっきりとものを言う社員も増えていますから、納得のいかない社員から「なぜ、我々がそうしなければならないのですか」と疑問や不満の声を上げる部下も出てくるかもしれません。それだけではなく、「この上司は大したことがないな」などと、なめられる可能性もあります。

 私が若かった頃は、現在よりも上司に威厳があって、多少納得がいかなくても「上司命令なのだから仕方がない」と部下が割り切るところがありました。当時は就職状況もあまり良くなく、生活がかかっていたという面もあります。しかし、今はより良い条件を求めて転職できる時代です。従って、今の部下は「心から納得しなければ動かない」と考えた方がよいでしょう。当然、目標が大きくなるほど部下の納得度を高めなければなりません。

 ただし、管理者が個々の具体的な仕事のやり方まで部下に口出しすることはありません。そこは権限委譲。部下を信頼し、仕事のやり方は任せます。その代わり、管理者は「困ったことがあったら、言ってきなさい」と伝えて部下をサポートします。例えば、部下に権限がなくて進められない仕事などに直面したら、権限を持つ管理者が対応するのです。

編集部:部下に仕事を命じる立場のはずの管理者が、随分と部下に気を使わなければならないのですね。冒頭の「管理者の責任」という意味がよく分かりました。しかし、中にはもっと厳しくしないと動かない部下もいるのでは? 例えば、管理者が言うことは理解したとしても、心の底までは納得しておらず、仕事の成果がほとんどないというケースもあるのではないでしょうか。