現在ブームの渦中にある人工知能には、実は大きな限界がある。あらかじめ設計した特定の用途にしか適用できない点である。この壁を乗り越えて、あたかも人間のような知性を実現しようと試みるのが、汎用人工知能(AGI: Artificial General Intelligence)の研究開発だ。自ら汎用人工知能の開発に取り組む五木田和也氏に、開発の指針となる人の脳に関する知見と、汎用人工知能の構成要素になり得る機械学習技術の基礎を解説してもらう。(日経テクノロジーオンライン編集)

 本連載は、人工知能を実現する技術について広く浅く解説します。ここでいう人工知能は一般に考えられている人工知能(Artificial Intelligence)と少し異なり、後述するように汎用人工知能(Artificial General Intelligence, AGI)を指します。AGIとは、一言で表すなら「人と同じような知性をもった機械」です。以降は特に断りのない限り、AGIの意味で単にAIといいます。

5歳児にも勝てないチェスロボット?

 まず、知能とはなんでしょうか。一般に人間の知能は、抽象的思考、理解、自己の認識、他者とのコミュニケーション、学習、計画、記憶、創造と問題解決ができること、といった能力によって定義されます。そして人工知能は、字面のとおり、知能(を持つなにか)を人の手で作ろうという試みです。繰り返しますが、ここでいう人工知能は、"真の"人工知能 (AGI ≒強いAI )であることに注意してください。

 汎用の逆、すなわち専用のAI(≒弱いAI )は、実は既にさまざまな用途で実用化されています。たとえば、

  • チェスをする
  • 顔認識をする
  • 線形代数や微分積分の複雑な計算を行う
  • クイズに答える
  • 文字や声を認識する

といったことは、すでにコンピューターによってなされていますし、人間を超えた性能を発揮しているものも多くあります。

 では、こうした数々の輝かしい実績があるにもかかわらず、なぜ汎用の人工知能の実現を目指すのでしょうか?それは、既存のAIでは決定的にできていない、できない壁が存在するためです。

 チェスを例に挙げましょう。今のチェスプログラムは極めて賢く、1997年には世界チャンピオンのガルリ・ガスパロフにIBMのコンピューター「Deep Blue」が勝利しており、もはや人間はどんなに賢い人でもコンピューターにはまず勝てません。ところが同じチェスでも、5歳の子供でもコンピューターに勝てる部分があります。チェスのコマを並べたり、持ち上げて移動させたりする動作です。最先端のコンピューターが制御するロボットでも、こうした動作を再現するのは極めて困難です注1)。最近では囲碁のプログラム、Google傘下のDeepMind社の「AlphaGo」が話題になりましたが、AlphaGoがどれだけ強くてもそれは囲碁に特化した専用プログラムです。

注1)神経科学者のDaniel Wolpert の講演から引用。