“動く”ITシステムを設計する際の前提となる業務要件をなかなか固め切れない中、電力各社がIT各社と共に自由化対応に奮闘していたことは理解している。限られた期間、限られた陣容で複数のシステムおよび機能の新規開発や大幅改修を並行して進めてきた。

 だが、特定の条件下で発生するような例外処理ではない通常の処理で、不具合や操作ミスによるトラブルが引きも切らず表面化した。本番稼働前のシステムテストやシステム操作方法に関する利用者向け事前説明など、準備作業が総じて不足した点を含め大規模ITプロジェクトのマネジメント力が欠如していたと言える。

 もっとも、トラブルを引き起こしたのは電力各社だが、準備不足やプロジェクトマネジメントの難易度を高める要因は、制度を検討するエネ庁にも少なからずあった。一例として、スマートメーターから取得した30分値を、一般送配電事業者が小売電気事業者へ提供するタイミングが挙げられる。

 「計量から60分以内」との方向性が電力システム改革小委員会で示されたのは、2014年7月のこと。かなり早い時期にも見えるが、開発やテストの期間を十分に確保したい一般送配電事業者はそれまで、制度を想定しながら先行して自由化対応のITプロジェクトを進めざるを得なかった。そのため自社で固めつつあった基本設計の一部を破棄し、改めてスケジュールを引き直すなど手戻りが発生。当初予定していた開発やテストの日程を食う格好になった。

見えてきた明るい兆し、未来志向のIT活用でサービス創出

 過去1年を振り返ると、どうしても後ろ向きの話題ばかりが目立ってしまうが、足元に目を転じると明るい動きも確認できるようになってきた。ようやく、本格的に需要家の流動化が始まりそうな気配が出てきたのである。この3月には、昨年4月以来1年ぶりに、月間の契約切り替え件数が30万件を超えた。

 引っ越しシーズンで追い風が吹いた面はあろう。それでも今年に入ってから3カ月連続で前月より多くの需要家が電力会社の変更に踏み切っている事実は、電力システム改革にとって明るい兆しと言える。何しろ、契約切り替え件数が3カ月続けて前の月を上回ったのは、全面自由化後、初めてのことである。

 金融業や製造業、流通業が積極的に取り組み始めたIoT(モノのインターネット)やビッグデータ、AI(人工知能)の活用も、これから電力業界で加速していくはずだ。そこではトラブルの代わりに、産業や生活のインフラを担う電力業界ならではの高信頼のサービスを競争の中で矢継ぎ早に生み出し、民と官の総力で強いエネルギービジネスを創り上げていきたい。

 都市ガスの小売り自由化もスタートし、いよいよエネルギー業界を挙げた顧客の争奪戦と、先端技術を生かしたサービス革新の競争が始まる。時期を同じくデジタルメディアとして再始動した日経エネルギーNextでは、できる限り前向きな視点で、未来志向のIT活用例を共有していく方針である。

栗原 雅(くりはら・もと)
1998年、日経BP社に入社。日経コンピュータや日本経済新聞の記者として国内外企業のIT活用事例やITベンダーの経営戦略、最新技術動向を取材。2006年に独立後、IT専門誌の立ち上げや企業のオウンドメディアのプロデュースを手掛ける。趣味はレスリング(ただし、観戦)。稲門レスリング倶楽部常任委員
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