【質問5】経産省の報告書が日本としての温暖化対策をまとめた最新版とうかがいました。では、環境省が3月に公表した「長期低炭素ビジョン」はどういったものなのですか。6月には「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」も設置しています。

【回答5】国の行政官庁は国家行政組織法に基づき設置され、それぞれ所掌する政策を所轄する法律に基づき実施しています。「環境の保全」は経産省も環境省も所掌する政策ですが、「地球温暖化対策と経済成長の両立」は経産省が所掌する政策です。ですから、パリ協定に基づく方針は経産省が取りまとめています。環境省の長期低炭素ビジョン小委員会でのカーボンプライシングに関する検討は、あくまで環境保全の観点からの議論なのです。

 温暖化防止自体は環境問題ですが、温室効果ガスの削減措置のあり方は経済問題です。環境省と経産省の立場の違いは、温暖化問題へのアプローチの違いそのものと言えそうです。

 環境省の長期低炭素ビジョンは、経産省の報告書とは方向性に違いがあります。明示的カーボンプライシング(排出量取引・炭素税)導入に関しては、経産省は否定しているのに対して、環境省は賛否の両論併記となっています。

 ただ、「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」の第1回配布資料を読む限りでは、環境省は2050年度80%削減の長期目標の達成に向けての記述では、明示的カーボンプライシングの導入積極論の論拠の記載が厚いように見受けられます。

 例えば、明示的カーボンプライシング施策の導入と炭素生産性(温室効果ガス排出量当たりのGDP)の向上との間には正の相関関係があることを前提として、炭素生産性を現状の6倍以上と大幅に引き上げる方向性を目指すことが提言されています。

真っ向から食い違う経産省と環境省の分析

 ところが、経産省の報告書は、高いカーボンプライシングが高い炭素生産性の誘因となったのではないと断じています。これは環境省の主張とは大きく異なります。そのうえで、産業構造や経済水準、非化石エネルギーの利用のしやすさなどの点で、GDPが高い水準にあってカーボンプライシングを高く設定しやすい国だけが明示的カーボンプライシングを導入していると分析しています。

 そもそも、環境省は「エネルギー本体価格には炭素排出に係る社会的費用が反映されておらず、炭素価格としての要素はない」という解釈をしています。経産省がエネルギー本体価格を含めて「カーボンプライス」と定義したうえで「日本の炭素価格の価格水準を検証」していることとは、根本的な考え方の相違が現れています。

 経産省と環境省の議論の摺り合わせは、経産省の産業構造審議会・地球環境小委員会と、環境省の中央環境審議会・地球環境部会の合同開催という形で行われています。「環境の保全」の観点だけで地球温暖化対策が独り歩きすることがないよう、一定の歯止めがかかっていると言えそうです。

* 本稿は執筆者の個人的見解であり、その所属する法律事務所又はクライアントの見解ではありません。

佐藤 長英(さとう・ながひで)
西村あさひ法律事務所・弁護士
電力・ガスプラクティスチーム。1995~96年日本輸出入銀行出向。2005~07年日本政策投資銀行嘱託。2008~13年国際協力銀行嘱託。取扱業務分野はプロジェクトファイナンス、PFI/PPP、電力・ガス。