その際に市場に期待される役割は、好ましい需給状態を生み出すための価格シグナル機能だ。

 すべての取引が必ずしも取引市場を通して行われる必要はない。当事者同士の合意に基づく相対取引も欠かせない取引手段だ。

 重要なのは、取引市場という価格シグナル機能が存在することで、そこで示される価格水準が様々な取引場面においても参照され、市場参加者が資源の供出や調達を競争的に行えるようになることだ。

 そうした競争を通じて、自然と好ましい需給環境を整える施策が市場化のメリットである。だから、より自由な競争の結果として示される価格シグナル機能が重要になる。

電力不足を懸念する時代は終わった

 翻って、今夏の電力の価格シグナルはどうであったか。スポット市場が適性な価格シグナル機能を発揮できたとは言いにくい。むしろ、適正な価格シグナル機能を果たしていたのはインバランス価格の方だったと言わざるを得ない。

 その理由は、インバランス価格が当日の電力の実需給をベースに算出され、そして価格として安定的であったからだ。この「安定的である」ことが、価格指標として実に重要な要素なのである。そのことを市場関係者や電力ビジネス関係者には、よくよく考えていただきたい。

 価格が安定的であることで初めて、将来の不透明さが払しょくされ、その価格水準を参照して将来のビジネスや技術への投資が生まれる。つまり、新しい産業や生活スタイル、文化がそこから生まれると言えるのである。

 そして、仮に価格が急激に変化した際には、相応の理由や背景があり、それを市場関係者が考えた上で工夫して乗り越える動機を与えるのが、価格シグナル機能というものだ。今夏のスポット市場価格には残念ながら、その資格がなかった。

 市場が備えるべき価格シグナル機能の重要性は、大手電力を含む事業者や行政の責任者にどこまで浸透しているのだろうか。いまだに需給調整の場としてしか見なしていない関係者も少なくないのではないか。

 実際のところ、日本全国の電力需給を巡る状況や今後の進展を止めるのは、人口減少やデフレにあらがうのと同等かそれ以上に難しい。そうした大きな流れを考えないまま、市場を単なる需給調整機能として扱い、重要な価格シグナル機能をないがしろにするかのような振る舞いやスタンスを続けるとしたら、我々は先行きを誤ることになる。