健康状態の見える化の有効な手段。それを提供するのがICTだ。日々の血圧や睡眠をスマートフォンアプリで管理し、診療所に持ってくる。三菱商事ではそんな社員も増えているという。

伊藤氏 人間の体を「病気」という側面から見てしまうと、発症するかしないかの2つしかありません。でも実際には、徐々に病気に近づいていく段階というものがあるわけですよね。そこをICTで見える化する。それによって、生活改善の必要性をリアリティーをもって感じてもらえると思うんです。

脇氏 生活改善といっても、何も大袈裟なことをする必要はないんですよね。例えばお酒を飲むときに、2杯飲んでいたのを1杯に減らすだけでいい。おつまみの分を考えると、トータルでカロリーをかなり抑えられたりするわけですよね。翌朝も胃がもたれないので、運動でもしようかという気持ちにもなる。

 医師はこうしたささいな改善が大きな効果を生むことを実感していますが、患者にはそれがなかなか伝わらない。その気づきを与えることが大切ですよね。

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伊藤氏 私の専門の循環器領域について言えば、糖尿病が引き起こす心血管障害を薬で抑えるような、予防目的の薬物療法は着実に進歩しています。でもそれが患者の意識改革にまでつながっているかと言えば、そうではないわけです。

 病院や診療所では、病気を発症した人を診ることがどうしても多い。でもいったん発症すると、治療をしても十分な効果が得られないことがあります。ですから、発症前に予防することが非常に重要であり、そのためには患者の意識を変えるしかありません。その意識改革の手段として、ICTにはすごく可能性があります。

 医療はともすると一方通行になりがちですよね。それに対してICTやアプリは、患者が健康管理に自ら参画する手段を与える。医療者とのコミュニケーションのきっかけにもなる。結果として、予防や治療の選択肢がぐっと広がるわけです。

 最近は健康経営が叫ばれていますが、健康は最終的には個人の貴重な財産であり、自分で管理すべきものだという認識を同時に広めていくことが重要でしょう。社員一人ひとりが高い健康意識を持ち、医療者がそれをサポートすることで病気の予防や早期発見・介入につなげる。これが望ましい姿だと思います。

脇氏 病気になってから医療者ができることには、実はかなり限界があるんですよね。自然の成り行きに任せるほかない部分が少なくない。病気になる前に自分で管理できる範囲の方が大きいし、時間軸で見てもより長期間にわたるんですね。ですから、自己管理をいかに支えていくかが重要だと思います。