感覚を失った手足が“動く”

 (2)の治療の領域については、海外ではPTSDや恐怖症の治療に活用する研究が報告されている。日本では、切断または神経が切れて感覚を失った手足が痛む幻肢痛の治療に使おうという事例がある。東京大学 医学部附属病院 緩和ケア診療部 部長で麻酔科・痛みセンター 医師の住谷昌彦氏と東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学 教授の國吉康夫氏、畿央大学 神経リハビリテーション研究センター 助教の大住倫弘氏、KIDS兼Mission Arm Japanの猪俣一則氏らが研究開発に挑んでいる。

 住谷氏の過去の研究によれば、幻肢を動かせるイメージを抱くことができる人ほど痛みが弱いことが分かっているという。そこで、VR空間上で幻肢が動いているかのような体験を繰り返すことで、痛みを軽減させようという試みである。

VRを使った治療を行っている様子(画像提供:東京大学医学部附属病院)
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VRを使った治療を行っている様子(画像提供:東京大学医学部附属病院)
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 具体的には、右手を切断した患者の場合、左手の動きを赤外線カメラで撮影し、それを反転させた映像をVR空間上にリアルタイムに反映する。すると、HMDを装着した患者には右手が動いているかのように感じられる。VR映像上には、黒点が表示され、それをモグラたたきのように触れるというタスクを与える。「タスクを与えることでより運動しているという実感を得やすい」と住谷氏は説明する。

東京大学 医学部附属病院 緩和ケア診療部 部長で麻酔科・痛みセンター 医師の住谷昌彦氏
東京大学 医学部附属病院 緩和ケア診療部 部長で麻酔科・痛みセンター 医師の住谷昌彦氏
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 幻肢痛の治療は薬物療法が一般的である。だが、「必ずしも全ての患者に効果が見られるものではなかった」と住谷氏は話す。鏡に健常な手足を映し出し、あたかも両手や両足が健常に動いていると錯覚させる治療法も開発されたが、この治療を施しても効果が見られない患者が一定数いることが分かっているという。

 VRを活用することで患者の動きと映像がインタラクションするため、鏡を利用する方法以上に「自分の体が動かせているというイメージを具体的に描きやすいのではないか」と住谷氏は話す。障害のある部位の機能回復を図る通常のリハビリテーションとは違い、「幻肢痛の治療は脳に直接働きかける必要がある」(住谷氏)という特徴もVRとの親和性が高いといえる。単純なアニメーション映像ではなく、自分の健常な腕の動きをVR空間に反映することが重要なのだという。

 現在は臨床研究段階。「将来的には保険診療で使えるようにしていきたい」と住谷氏は意気込む。よりゲーム要素を取り入れたプログラムの開発も進めていく考えだ。