人の顔を判別できるならポリープも判別できる

 開発したのは、国立がん研究センター中央病院内視鏡科科長の斎藤豊氏と同科医員の山田真善氏らのグループ。内視鏡診断における病変検出能力をAIによって底上げし、大腸癌の罹患率や死亡率の低減につなぎたいという。大腸癌は日本で肺癌に次いで死亡者数が多い癌であり、年間約5万人が死亡している。その対策として、内視鏡検査の重要性や、内視鏡検査で見つかった腺腫性ポリープを除去することによる大腸の清浄化(クリーンコロン化)の重要性が指摘されている。

「全国津々浦々で利用できる内視鏡診断支援システムを開発し、医療の均てん化に貢献したい」と話す国立がん研究センターの山田真善氏。
「全国津々浦々で利用できる内視鏡診断支援システムを開発し、医療の均てん化に貢献したい」と話す国立がん研究センターの山田真善氏。
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 ところが、「大腸内視鏡検査では意外なほど多くの病変が見逃されている」と山田氏は指摘する。「腺腫性ポリープの約20%が見逃されているという報告が多い。特に平坦・陥凹型病変や微小な病変、右側結腸の病変が見逃されやすい」と言う。

 今回のシステムは、AIの力を借りてこうした見落としを防ぐため、NECが強みを持つ顔認証技術を応用した。顔認証は多くの人の顔画像から特定の人の顔を判別する技術で、NECはここに深層学習(ディープラーニング)と呼ぶAIを用いている。国立がん研究センターとNECは、この技術を病理診断に使う研究を共同で進めており、今回はこれを内視鏡検査に応用した。「ポリープにも“顔つき”がある。人間の顔を判別できるならポリープも判別できるだろうと話を持ちかけ、開発が始まった」と山田氏は説明する。

 システムは一般的な消化管内視鏡と、撮影画像をAIで解析するパソコンから成る。AIに専門医並みのスキルを身に付けさせるための学習データとして、国立がん研究センター中央病院内視鏡科で診断された約5000病変の所見付き画像、および病変が映っていない画像約13万5000枚を利用した。

 こうして開発したシステムに、学習データには含まれない病変画像705枚、非病変画像4135枚を解析させたところ、感度98.0%、特異度99.0%、正診率98.8%で病変を検知できた。この能力は専門医と同等レベルで、2mm大ほどの微小なポリープも逃さず捉えた。病変の検知と結果表示は約30フレーム/秒という高速で実行できるため、内視鏡検査で医師が見る画像に対して遅延なくリアルタイムに病変を指摘できる。

 現時点の評価結果は、医師の目で比較的見つけやすい隆起型病変を対象としたもの。今後は、平坦型病変も発見できるように、AIをトレーニングしていく計画だ。「平坦型病変は隆起型病変に比べて悪性度が高いが、大腸のひだと区別しにくいことなどから見逃しやすい」と山田氏は話す。国立がん研究センター中央病院が持つ1600例以上の平坦型病変を学習データとして使う計画で、学習作業はほぼ終わったという。

 平坦型病変への対応が可能になった段階で、薬事承認申請に向けた臨床研究を2019年度に開始する計画だ。

 AIは医療の様々な分野への応用が試みられているが、内視鏡とは特に相性が良い。例えば「内視鏡の視野角を200~230度に広げる開発が進められている。視野角がこれほど広がり画像に含まれる情報量が多くなると、逆に病変の見逃しが増えかねない。こうした場合にこそ、AIの支援が欠かせない」(山田氏)。解像度の向上にも対応しやすく、例えば、4K(4000×2000画素級)の内視鏡が普及すると、AIが病変を指摘する精度はより一層高まると考えられるという。