動きだす遠隔診療

2018年度診療報酬改定で評価へ、医療現場はエビデンス構築に動く

2017/06/26 11:00
大下 淳一=日経デジタルヘルス

スマートフォンやパソコンのビデオチャット機能を使い、インターネットを介して医師が診療を行う遠隔診療(オンライン診療)が、普及へと大きく動き出しそうだ。政府は2018年度診療報酬改定で遠隔診療を評価する方針を表明。厚生労働省は近く、遠隔診療の活用促進に向けた新たな事務連絡を出す方針である。医療現場でも、遠隔診療の安全性や有効性に関するエビデンスを構築し、適切な運用に向けたガイドラインを策定する動きが始まった。

 「対面診療とオンラインでの遠隔診療を組み合わせた新しい医療を、次の診療報酬改定でしっかり評価する」――。

 2017年4月14日に開催された、第7回未来投資会議。安倍晋三首相のこの発言は、インターネットを介したオンライン診療、いわゆる遠隔診療の普及に向けた新たな段階の幕開けを告げた。次の診療報酬改定、つまり2018年度診療報酬改定で遠隔診療に一定のインセンティブを与え、診療報酬上の評価がなされてこなかった状況を改善する方針が示されたのだ(関連記事1)。

未来投資会議で発言する安倍首相(出典:首相官邸ホームページ)
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 安倍首相は2016年11月の第2回未来投資会議でも遠隔診療を促進する意向を示していたが、第7回では制度改定時期にまで踏み込んだ。未来投資会議での一連の議論を受けて2017年6月9日に閣議決定された「未来投資戦略2017」でも、「オンライン診察を組み合せた糖尿病などの生活習慣病患者への効果的な指導・管理など、対面診療と遠隔診療を適切に組み合わせることにより効果的・効率的な医療の提供に資するものについては、次期診療報酬改定で評価を行う」と明記された。

 中央社会保険医療協議会(中医協)では、遠隔診療の診療報酬上の評価が2017年2月の総会で正式に議論の遡上に乗った(関連記事2)。未来投資会議や未来投資戦略2017で示された方針は、中医協でこれから本格化する2018年度診療報酬改定の議論に大きな影響を与えそうだ。

 遠隔診療の活用には消極的と見られてきた医師会も、対面診療を原則にするという前提のもとで、遠隔診療に一定の有用性を認める姿勢を示している。第7回未来投資会議では、日本医師会会長の横倉義武氏が「診療は患者と直接対面して行うことが原則だが、遠隔診療やICTの活用などあくまでも補完的な役割もある」と発言。未来投資戦略2017の閣議決定を受けて日本医師会が会長名で出した声明文にも、「かかりつけ医がICTを活用して経過観察や指導を行う遠隔診療は有効」との文言を入れた。

 仕事や子育てで忙しく医療機関を訪れる時間をなかなか確保できないビジネスパーソンや主婦、専門の医療機関が近隣にない地域の高齢者や難病患者などに、受診スタイルの新たな選択肢を提供する遠隔診療。これら一連の動きは、その普及に向けた一歩が刻まれたことを意味する。

「ブレークスルーを後押しする」と厚労省

厚生労働省が2015年8月10日に出した事務連絡の冒頭
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 遠隔診療の活用の機運が最初に高まったのは今から2年前、2015年8月のことだ。厚生労働省が同年8月10日に医政局長名で出した1本の事務連絡がきっかけだった(関連記事3)。「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」と題したこの事務連絡は、遠隔診療に関する1997年の通知(平成9年遠隔診療通知)で厚労省が示した遠隔診療の適用範囲を、必要以上に狭く解釈しなくても良いことを通知するものだった。

 この事務連絡のポイントは大きく3つある。(1)遠隔診療の適用が可能な対象を、平成9年遠隔診療通知で例示した「離島やへき地の患者」に限定しないこと、(2)遠隔診療の適用疾患や診療内容を、平成9年遠隔診療通知で例示した9種類に限定しないこと、(3)対面診療と適切に組み合せて行われるのであれば、初診を遠隔診療とすることも可能であること、である。

 この事務連絡に携わった厚労省の関係者は「ICT(情報通信技術)が発展している中、医療も当然これを取り込んでいくことになる。その観点から、患者の利便性向上や、医師の働き方改革に資するブレークスルーを後押しする必要があると考えた」と、発出の経緯を説明する。

 この事務連絡を受けて、無診察治療を禁じる医師法第20条への抵触などを恐れ、二の足を踏んできた事業者が、医療機関向けの遠隔診療サービスを立ち上げる動きが2015年秋以降に相次いだ。遠隔診療に関して、厚労省が“お墨付き”を与えたという受け止めがなされたわけである。

 オンラインでの予約やビデオチャット、クレジットカード決済といった、遠隔診療のプラットフォームを構築することは、ITサービス事業者などにとってはそれほど難しいことではない。参入が相次ぎ、現在では非常に多くの遠隔診療サービスが立ち上がっている(表1)。「ここまで大きな動きになるとは想定していなかった」と前出の厚労省の関係者は明かす。

表1●事業者が提供する主な遠隔診療サービス
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幅広い疾患領域でニーズ

「当初はオンライン診療を導入することへの不安を口にする医師もいたが、実際に運用が始まるとそうした懸念は解消され、問題となるような事態は起こっていない」と話すメドレー 執行役員/医師の島佑介氏
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 都市部の診療所を中心に、こうした遠隔診療サービスを日常診療に取り入れる医療機関も徐々に増えてきた。医療ITベンチャーのメドレー(東京都港区)が2016年2月に提供を始めた遠隔診療サービス「CLINICS」は、2017年6月までにほぼ500施設が導入。「当初はビジネスパーソン向けの利用が大半を占めると想定していたが、産婦人科や高齢者診療向けなどを含め、非常に幅広いニーズがある。患者にとっては利便性向上につながり、医療機関にとっても未受診者の受診促進や、既存患者の治療継続率改善につながっている」とメドレー 執行役員/医師の島佑介氏は話す。

 精神科・心療内科への遠隔診療の活用に向けて、2016年1月に新六本木クリニック(東京都港区)を立ち上げた同院院長の来田誠氏は、同年2月に他の医療機関に先駆けてCLINICSを導入した。「育児に追われ通院の時間を自由に持てない患者や、休職から職場復帰したばかりで通院に時間を割くことが心理的負担になりやすい患者などにとって、オンライン診療はよいオプションとなっている」と来田氏は話す(関連記事4)。

 精神科疾患の中でも、遠隔診療に特に向くタイプも明らかになってきた。その一つが、繰り返し手を洗うことがやめられないといった、いわゆる強迫性障害である。「診察室という日常とは異なる場では、繰り返し行為などの“普段の困りごと”が現れにくく、曝露反応妨害法(認知行動療法の一種)による病状コントロールなどにつなげにくい。オンライン診療では、患者の実生活において『今この時間だけは繰り返し行為を我慢しよう』といった効果的な指導ができる」(来田氏)。

「医療はこれまで、患者の経済的負担や身体的侵襲度は低減してきたが、受診に伴う時間や労力には手が打たれてこなかった。遠隔診療はその解決に向けた手段として有用だ」と話す新六本木クリニック院長の来田誠氏
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 新六本木クリニックで、治療継続率改善などへの遠隔診療の効果が既に具体的な数字として表れてきたのが、自由診療(保険外診療)として提供している禁煙外来である。初回を対面診療で行った後、2週間後、4週間後、8週間後にビデオチャットでのフォローアップと禁煙治療薬の継続処方を行う。「禁煙外来に通うのは、喫煙者の中では禁煙への意識が高い患者だが、それでも通常の禁煙外来のプログラム完遂率は50%ほど。オンライン診療を組み入れることで、この数字が80%ほどに高まった」と来田氏は説明する。

 2017年6月に開催された「第66回 日本アレルギー学会学術大会」では、花粉症に対する舌下免疫療法における遠隔診療の効果が明らかになった。成果を発表した法山会 山下診療所(東京都)は2016年4月に、情報医療(東京都千代田区)の遠隔診療サービス「curon」を導入。花粉症に対する舌下免疫療法を過去3カ月以上にわたり受けていた患者76人を、対面診療を行う群(58人)と遠隔診療を利用する群(18人)に分け、2016年9月~2017年4月の8カ月間における治療継続率を比較した。その結果、対面診療群の治療継続率が83%だったのに対し、遠隔診療群では94%という高い治療継続率が得られたという。

 このように、医療現場での有用性が徐々に見えてきた遠隔診療。その活用をさらに後押ししようと、政府は今後、二つの施策を打ち出す方針である。一つは遠隔診療をめぐる解釈をより明確にするための、厚労省からの新たな事務連絡の発出。もう一つは冒頭で触れた次期診療報酬改定での評価である。

新たな事務連絡で解釈を明確化へ

 遠隔診療の適用可能範囲などをめぐる解釈は、2015年8月10日の事務連絡でかなり明確になったとはいえ、現場にはまだ戸惑いが多い。その戸惑いの一因となったのが、2016年3月の出来事である。東京都福祉保健局からの疑義照会に答える形で、厚労省が「電子メールやSNSなどの文字および写真のみによって得られる情報により行う診療」や「対面診療を行うことを想定せず遠隔診療だけで完結させる診療」は医師法第20条に違反する、旨の見解を示す事務連絡(医政医発0318第6号)を出したのだ。

 遠隔診療サービス「ポートメディカル」を手掛けるポート(東京都新宿区)代表取締役CEOの春日博文氏は「(2015年8月の)事務連絡と(2016年3月の)疑義照会を足し合わせると、どう解釈したらよいかがあいまいな点が残る。これが明確化されなければ、遠隔診療の現場での運用は進まない」と訴える。

遠隔診療の解釈の明確化や、診療報酬での評価の必要性を訴える、ポート 代表取締役CEOの春日博文氏(右)とポート 事業開発部 ポートメディカル担当 医師の園生智弘氏
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 ポートは2015年11月、業界に先駆けて遠隔診療サービスの提供を開始(関連記事5)。自由診療の枠組みで初診から遠隔診療を用いたり、SNSを活用したりするプラットフォームを提供しようとしたが、保健所などからの指導を受けてサービスをいったん中止した経緯がある。2015年8月の事務連絡は、初診への遠隔診療の適用やSNSなどの手段の利用を禁じたものではない。にもかかわらず、実際の現場ではそのような解釈がなされ、遠隔診療の普及を妨げているというのが同社の主張である。

 遠隔診療サービス「curon」を提供する情報医療 代表取締役で、日本医療政策機構 フェローとして医療ICTに関する調査・提言にも携わる原聖吾氏も「遠隔診療の適用が許される範囲などについて、現場の医師からしばしば質問を受ける。制度としてクリアにすべき点はまだ多い」と指摘する。

 こうした状況を受けて、厚労省は近く、遠隔診療をめぐる解釈をより明確にするための新たな事務連絡を出す方針だ。2017年5月23日に開催された内閣府の規制改革推進会議では、「遠隔診療の取扱いの明確化」として、次の事項を含む新たな通知の発出が2017年度上期の検討・措置項目に盛り込まれた。

 すなわち遠隔診療が(1)「離島・へき地」以外でも可能であること、(2)初診時も可能であること、(3)医師の判断で実施可能な具体的な症例として、全て遠隔で行う禁煙外来、1回の診療で完結する疾病が想定されること、(4)医師の判断で活用可能なツールとして、SNSや画像と電子メール等の組合せが想定されること、である。新たに出る事務連絡は、現場の医師が適切と判断したケースであることを前提に、これらの内容を反映したものになると見られる。

診療報酬改定は2段構えで

 もう一つの推進策である診療報酬改定での評価も、遠隔診療の活用を望む現場からは強く切望されてきた施策である。現状では、保険診療で遠隔診療を行う場合に算定できるのは、再診料(72点)や処方箋料(6種類以内の薬の投薬の場合で68点)にとどまる。外来管理加算(52点)や特定疾患療養管理料(診療所の場合で225点)をはじめとする指導料・管理料は算定できない。

 このほか、遠隔診療で初診を行った場合には初診料が算定されない。つまり、初診を遠隔診療とする診療は、現状では自由診療の枠組みで行わざるを得ない。

 遠隔診療を提供する医療機関にとって、経営上の観点からはこうした診療報酬上のデメリットは小さくない。サービス事業者からは「対面診療とほぼ同質の診療をオンラインで提供できており、患者の利便性向上などにもつながっていることを考えれば、現状の診療報酬での評価はアンバランス」(メドレーの島氏)、「少なくともディスインセンティブになっている状況は是正されるべき」(ポートの春日氏)といった声が上がる。

 ポート 事業開発部 ポートメディカル担当 医師の園生智弘氏は「都市部と地方における医療の状況の違いを、遠隔診療の診療報酬に反映してほしい」と訴える。同社は宮崎県で、無医師地区における遠隔診療の活用に関する実証事業を行っている。その経験から「在宅シフトが叫ばれる一方で、地方では医師の移動に要するコストが大きいため、在宅医療に積極的な医療機関は少ない。そうした地域では遠隔診療の活用が有用であり、医療機関からの距離などの地理的条件が診療報酬でも考慮されることが望ましい」(園生氏)としている。

医療法人社団鉄祐会理事長でインテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長の武藤真祐氏は「遠隔診療は、医療の質と財政的負担のトレードオフを緩和し、患者と医師と国にとっての“3方よし”を実現する手段になる」と話す(写真:栗原克己)
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 次期診療報酬改定で遠隔診療をどのように評価するかについては、第7回未来投資会議に塩崎厚労相が提出した資料に、基本的考え方が示されている。そこでは、2018年度改定に向けて診療報酬上の評価を行うとし、評価例として「オンライン診察を組み合せた糖尿病等の生活習慣病患者の効果的な指導・管理」「血圧、血糖等の遠隔モニタリングを活用した、早期の重症化予防」の2点を挙げている。

 その上で「さらに有効性・安全性等に関する知見を集積し、2020年度以降の改定でも更に反映」するという。つまり、遠隔診療の有効性や安全性に関する知見(エビデンス)の集積度や成熟度を見定めながら、2018年度改定とそれ以降の改定という2段構えで、対面診療との診療報酬のギャップを埋めていく方針と見られる。

 第7回未来投資会議で、オンライン診療を始めとするICTの有用性や普及策を提言した医療法人社団鉄祐会理事長でインテグリティ・ヘルスケア(東京都中央区) 代表取締役会長の武藤真祐氏は、2018年度改定における評価が小幅なものにとどまる可能性を指摘しつつ、「オンライン診療の効果検証を促すためにも、利用者を広げるための一定の促進策は必要だ。診療報酬上のインセンティブがその後押しになることは間違いない」と話している。

モラルハザードを危惧する声も

 解釈の明確化や診療報酬での評価により、普及への前進が期待される一方で、遠隔診療をめぐる昨今の盛り上がりぶりには「ブームではないかと思える節もある。遠隔診療は、その有用性を考えればぜひ発展すべきだと考えているが、(サービス事業者の)競争が過熱することで、医療の質がおろそかになるような事態を危惧している」(厚労省の関係者)との声も上がっている。「遠隔診療は、外来・入院・在宅と並ぶ、新たな医療のジャンルになるくらいの可能性がある。だがそのためには、医療としての質の担保が欠かせない。質を犠牲にしてもコストを下げようとするような事業者が現れ、“悪貨が良貨を駆逐する”ようなことがあってはならない」(同関係者)。

 遠隔診療を積極的に活用する立場の医師も、警鐘を鳴らす。新六本木クリニックの来田氏は、遠隔診療が診療報酬で評価されていない現状では「患者から見ると、遠隔診療は通院よりも便利でしかも安い医療に映りかねない。ならばもう通院なんてやめよう、という方向に患者が流れてしまうのは正しい医療の姿ではない。こうしたモラルハザードが起きないように気をつける必要がある」と訴える。

 新六本木クリニックでは、遠隔診療を利用する患者からは予約料を徴収し、対面診療よりも診療費が高くなるように設定している。これには経営上の理由もあるが、患者が遠隔診療というオプションに安易に流れることがないように、受療行動をコントロールすることも目的の一つという。

 遠隔診療に対して、医療現場が過度な期待を寄せるのも禁物だろう。「オンライン診療のオペレーションの構築にはある程度の時間がかかる。我々は医療機関へのサポートやコンサルティングでそれを支援している」とメドレーの島氏が話すように、遠隔診療の運用にはそれなりのノウハウが必要だ。遠隔診療というオプションがあっても、それを選ぶ患者が必ずしも多くないのが現状であり、「遠隔診療をいざ導入したが利用する患者は非常に少ない」という声も、現場からは上がっている。

京都府立医科大学 眼科学教室 特任助教で、日本遠隔医療学会 遠隔診療モデル研究分科会長/デジタルハリウッド大学大学院 客員教授の加藤浩晃氏は「学会活動を通じて、遠隔診療をめぐる医療制度の啓発や体制の整備、エビデンスの収集・構築を進めたい」と話す
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 このように、遠隔診療は医療の形態としてはまだ未成熟。多くの医師や患者にはその存在さえ意識されておらず、有効性や安全性、適切な運用が十分に理解されている状況にはない。京都府立医科大学 眼科学教室 特任助教で、日本遠隔医療学会 遠隔診療モデル研究分科会長/デジタルハリウッド大学大学院客員教授の加藤浩晃氏は「遠隔診療に関する理解は、医療現場を含めてどの方面でもまだ十分に進んでいない」と話す。2016年秋に始動した同分科会でも、遠隔診療の解釈など「医療制度の啓発」を取り組みの柱の一つに据えた。

 加藤氏は、遠隔診療に関する理解を深めていく上では「対面診療と遠隔診療のどちらが優れているかという“点”での比較に陥らないことが大切。対面診療に遠隔診療を組み合せることが、通院の継続率向上につながったり、通院の間の状態把握につながったりするという“医師にとっての技”とみなす視点が重要だ」と語る。

 鉄祐会の武藤氏も「外来と在宅、遠隔診療という形態にはそれぞれの良さがあり、どれが最も良いかという一元論では語れない。それらの組み合わせを、それぞれの患者の疾患や生活環境、経済環境に応じた“引き出し”として用意できることが大切だ。それを既存の医療のインフラにいかに組み込んでいけるかがポイントになる」と話す。遠隔診療は医療提供形態の一つのオプションであるとの考えから、医師と患者の間の距離が強調されがちな「遠隔診療」ではなく、「オンライン診療」という呼称を好む関係者も増えている。

 武藤氏はこう続ける。「遠隔診療は、可能性があるだけに大事に育てなくてはならない。政府や医師会を含め、多くの関係者がICT活用に積極的な今は良いタイミング。きちんとしたルールで遠隔診療を運用し、好ましい事例を積み重ねていく必要がある」。

無作為比較試験でエビデンス構築へ

 遠隔診療がこの先、医療提供の一形態として定着するかどうかは、その安全性や有効性に関するエビデンスを医療現場でどれだけ蓄積していけるかにかかっているだろう。2018年度およびそれ以降の診療報酬改定に向けても、エビデンスの蓄積は重要なポイントになる。

 こうした視点に立ち、医療機関と事業者、自治体などが協力して、遠隔診療のエビデンスを構築する取り組みがここに来て本格化している。一部の疾患領域では遠隔診療の運用に向けたガイドラインづくりも始まり、現行の医療にいかに遠隔診療を組み込んでいくかの議論が熱を帯びつつある。

 東京女子医科大学とポートは2016年9月、「都市型遠隔診療」の安全性や有効性、経済性に関する実証研究を開始した(関連記事6)。本態性高血圧症(特定の原因によらない高血圧症)と診断された患者を対象に、年に1回の対面診療と6週間に1回の遠隔診療を受ける群と、1カ月に1回ほどの対面診療を受ける群で、家庭血圧値のコントロールを比べる無作為比較試験である。両群とも、無線通信機能付きの家庭用血圧計で週3回以上血圧を測定し、その値を担当医が定期的に確認して治療方針に反映する。実施期間は2019年3月31日までで、目標症例数は450例。

「スマートフォンやパソコンを誰もが使う時代になり、遠隔診療などの仕組みを医療に取り入れていく環境が整ってきた」と話す東京女子医科大学 高血圧・内分泌内科 教授の市原淳弘氏
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 遠隔診療の安全性や有効性に関する研究は従来、後方視的(レトロスペクティブ)なものが多かった。今回はよりエビデンスレベルの高い、前向きの無作為比較試験に挑む。

 研究を担当する東京女子医科大学 高血圧・内分泌内科 教授の市原淳弘氏は「全国に約4300万人いる高血圧者のうち、約半数が医療機関を受診していないと推定されている。こうした患者と医療機関とのつながりをいかに持たせるか、という観点から遠隔診療が使えると考えた」と取り組みの狙いを語る。対面診療と遠隔診療を適切に組み合わせることで「対面診療だけによる場合よりも“濃密な医療”を提供できる可能性がある。遠隔診療群の非劣性はもちろん、場合によっては優越性を示せるのではないかと考えている」(市原氏)。

 実証では、安全性の担保にも留意する。家庭血圧値のコントロールを主要評価項目としながらも、動脈硬化や脳血管疾患イベントなどの把握を、遠隔診療群でもきちんと行えるかどうかを検証する。

 遠隔診療が医療現場にもたらす負担、つまり医療現場から見た遠隔診療の経済性を評価することも、研究の大きな目的だ。「遠隔診療がいかに有効でも、医療現場から見て経済的に割に合わなければ普及はしない。どれだけの数の医師と時間をつぎ込む必要があるかを検討し、(医師以外の)メディカルスタッフを含むチーム医療として取り組む必要性などを検証したい」と市原氏は話す。

 現在の悩みは、被験者が十分な数集まっていないこと。働き盛りで放置高血圧者となりやすい30~50代を主な対象とすることを想定していたが、応募者は20~30代が多く、その大半は研究の除外対象となる2次性高血圧症(特定の原因がある高血圧症)だったという。今後、患者組み入れの方法を見直すとともに、高血圧診療における目標血圧に達するまでの期間を評価項目とするなど、比較的短期間に遠隔診療の効果を検証できる研究デザインも追加で検討する。

 今回の研究は安全性や有効性に加え、経済性までを含めた検証を行う点で「日本の保険医療に合致した形の遠隔診療に関して、その基礎的なデータを集める取り組みになる。きちんとした形でデータを出し、診療報酬改定への要望などにつなげるとともに、ここで得た知見を次の新たな研究に生かす。遠隔診療の望ましいアルゴリズムやガイドラインの策定にもつなげたい」と市原氏は話している。

ガイドライン策定の動きも

 福岡市と福岡市医師会、医療法人社団鉄祐会、インテグリティ・ヘルスケアは2017年4月、かかりつけ医の機能をオンライン診療などのICTで補完する仕組みの構築に向けて、「ICTを活用した『かかりつけ医』機能強化事業」の実証を開始した(関連記事7)。

ICTを活用した「かかりつけ医」機能強化事業に関する記者会見の様子。左から福岡市医師会 常任理事の松本朗氏、福岡市 保健福祉局 政策推進部長の中村卓也氏、医療法人社団鉄祐会 理事長の武藤氏
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 この実証では、インテグリティ・ヘルスケアが開発したシステム「YaDoc」を活用し、「オンラインモニタリング」「オンライン問診」「オンライン診察」の3つにより医師と患者をつなぐ取り組みを実施する。実証に参加する医療機関に来院した患者は、受付スタッフからタブレット端末を受け取り、専用のガイドに従って問診を入力。この結果を医師は診察室で事前に確認できる。これを繰り返すことで、患者の時系列の症状変化などがシステム上に記録され、医師もそれを参照できる。

 こうした対面診察の上で、症状や内容によってはビデオチャットで医師と患者宅をつないで診察する、いわゆるオンライン診察の機能も備える。経過観察の部分をオンラインで補完することで、トータルの診察の質を高める考えだ。まずは福岡市内の20弱の医療機関において実証が始まった。

 鉄祐会理事長でインテグリティ・ヘルスケア会長の武藤氏は今回の取り組みについて、「医療のコアの領域に切り込んでいくという観点からは、メジャーな疾患を対象に都市部で実証を始められたことには大きな意義がある。かかりつけ医の機能強化に対し、オンライン診療がどのような意味を持つかを明らかにしたい。2018年度診療報酬改定の動きを意識しつつ、できるだけ短期間で今回の取り組みのエビデンスを出していきたい」と話している。

 こうしたエビデンス構築の動きに加えて、精神科領域では遠隔診療の活用に向けたガイドラインづくりも始まった。慶応義塾大学 医学部 精神・神経科学教室 専任講師の岸本泰士郎氏が研究責任者を務めるAMEDの委託研究「J-INTEREST(Japanese Initiative for Diagnosis and Treatment Evaluation Research in Telepsychiatry)」では、ビデオ会議システムなどのICTを用いた精神科遠隔医療に関する研究が進行中。精神科遠隔医療のガイドラインの暫定版を策定する方向で検討を進めており、関係する学会や関係者と議論を進めていく。

 この検討に加わっている新六本木クリニックの来田氏は「これまでは講演会などに呼ばれると、遠隔診療の有用性について話すことが多かったが、最近はあえて課題を指摘している。どのように運用していくのが遠隔診療の正しい姿なのか、そのガイドラインづくりに貢献していきたい」と話す。

 同じ精神科領域でも、疾患によって遠隔診療の有効な使い方は異なる。強迫性障害などでは遠隔診療の有用性が高い一方で、「パニック障害の患者は一般に、外出の頻度が減って引きこもりがち。そうした患者では、通院してもらうこと自体が行動療法につながる。こうした患者に対して安易に遠隔診療を利用すると、かえって治療を阻害しかねない」と来田氏は指摘する。疾患ごとの特性を考慮した運用やそのためのガイドラインづくりが欠かせないわけだ。

モニタリングで濃密な医療を提供

 遠隔診療では今後、東京女子医大の市原氏が語る“濃密な医療”をいかに実現していくかが、その真価を発揮するためのポイントになりそうだ。こうした観点から、遠隔診療に遠隔モニタリングや人工知能(AI)、モバイルアプリなどの周辺技術を組み合わせ、患者の状態把握や治療介入の密度を高めようとする動きも活発になってきた。

浅草ハートクリニック院長の真中哲之氏は「バイタルサインが取れないという遠隔診療の弱点を補ううえで、ウエアラブル機器や携帯型心電計を併用する方法は有効だ」と話す
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 浅草ハートクリニック(東京都台東区)院長の真中哲之氏は、遠隔診療と遠隔モニタリングを組み合わせた、循環器領域の専門外来を立ち上げることを構想している。

 同氏はかねて、心臓ペースメーカーや植え込み型除細動器(ICD)を用いた患者の遠隔モニタリングを活用してきた。12誘導心電図を測定でき、スマートフォンと連携させて測定データをリアルタイムに確認できるポータブル心電計「smartheart(スマートハート)」を利用した診療も行っている(関連記事8)。さらに2016年8月には、メドレーの遠隔診療サービス「CLINICS」を導入した。

 同クリニックには秋田県や沖縄県といった遠方から足を運ぶ患者もいる。こうした遠方の患者などに対して「遠隔診療と遠隔モニタリングを組み合わせた専門外来を提供することで、症状の急変などをいち早く捉え、遠隔で薬を処方したり投薬量を微調整したりして、患者の状態改善につなげられる」と真中氏は期待を寄せる。現在、心臓ペースメーカーなどによる遠隔モニタリングには指導管理料(550点)が算定されているが、今後は遠隔診療と組み合わせた遠隔モニタリングに対する診療報酬上の評価が欠かせないと、真中氏は訴えている。

「対面診療を置き換えるのではなく、遠隔での診療とモニタリングを組み合わせることで診療のレベルを高めたい」と話す国際医療福祉大学 三田病院 肺高血圧症センター 准教授の田村雄一氏
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 遠隔診療と遠隔モニタリングの組み合わせを、指定難病の日常診療に既に取り入れたのが、国際医療福祉大学 三田病院 肺高血圧症センターである。2016年8月から、スマートフォンを用いた遠隔診療と、心電図などを測れる携帯型機器による遠隔モニタリングを組み合せた「NAPTEC(NAnbyo Patients TEle-health Care)」と呼ぶ診療を開始した(関連記事9)。

 NAPTECが対象とするのは、指定難病の肺動脈性肺高血圧症や慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症をはじめとする重症心臓・血管疾患の患者だ。これに該当する難病患者が全国で6000~7000人ほど存在するのに対し、専門医は圧倒的に不足している。遠方から足を運ぶ患者を含めて、難病患者に対し「遠隔診療とモニタリングを組み合わせることで、より綿密な(患者状態の)コントロールができると考えた」と同病院 肺高血圧症センター 准教授の田村雄一氏は話す。具体的には「患者の状態に応じて投薬量を調整し副作用を抑えたり、患者が不調を訴えた時にその要因を判定し、来院が必要かどうかを判断したりできる」(田村氏)といった効用があるという。

 遠隔でのモニタリングには、三栄メディシス(京都市)の携帯型マルチヘルスモニター「チェックミー・プロ」を使う。このモニターは2誘導心電図や酸素飽和度、体温を測定でき、測定データはBluetoothで連携させたスマートフォンアプリを介してサーバーに送信される。この結果を担当医が確認し、必要に応じてテレビ電話ツール「Skype」を用いた遠隔診療を行う形だ。月1回といった頻度で通院できる患者に対しては、通院頻度を減らすことは目的にせず、通院の間の状態コントロールをより密に行う手段として遠隔モニタリングと遠隔診療を活用している。

三栄メディシスの携帯型マルチヘルスモニター「チェックミー・プロ」は、片手で持ち、もう片方の手の平に押し当てるだけで心電図を測定できる
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 同病院では現在、15人ほどの患者がNAPTECによる診療を受けている。NAPTECを活用することで「不整脈を早期に発見できたり、酸素飽和度の低下などから心不全が見つかり早期の受診につなげられた例もある」(田村氏)という。逆に、患者が不調を訴えてもモニタリングデータから来院の必要はないと医師が判断したケースでは、患者に安心感を与えたり、不要な来院による患者と医師双方の負担を減らしたりすることにつながっている。

 現在は30秒~1分間の心電図を測定しているが、今後はより長時間の心電図をモニタリングする仕組みも検討していくという。ただし、データ量が膨大になるとそれらすべてを医師が確認することは難しくなる。そこで、人工知能(AI)の導入を検討する。AIを活用し、膨大な心電図データから医師が確認すべき危険な兆候を抽出するといった形で、疾患の発症を「予測できるような仕組みを構築したい」と田村氏は話している。

アプリで治療空白を埋める

 東京女子医大や浅草ハートクリニック、国際医療福祉大学 三田病院の事例から分かるように、遠隔診療と遠隔モニタリングの組み合わせが先行しているのは、循環器領域だ。ネットワークとつながる家庭用血圧計や心電計を手軽に利用できることが大きい。東京女子医大の市原氏は「遠隔診療は高血圧診療以外の領域、例えば脂質異常症や糖尿病などの診療にも有効だと考えているが、これらの疾患では遠隔でのモニタリングが難しいという課題がある」と指摘する。

「都市部の診療所を中心に、幅広い診療科で我々の遠隔診療サービスへの引き合いがある」と話す情報医療 代表取締役の原聖吾氏
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 ただし、血糖値を非侵襲で測れる機器などの開発が進められているように、遠隔でモニタリングできる疾患領域はこの先、広がっていく可能性が高い。京都府立医科大学の加藤氏は、同氏が専門とする眼科領域では将来、「眼底疾患を家庭でモニタリングできる機器も登場するだろう」と予想している。

 遠隔診療にモニタリングやAIを取り入れる動きは、サービス事業者の間でも活発だ。情報医療の「curon」やMRT(東京都渋谷区)の「ポケットドクター」などの遠隔診療サービスでは、オムロン ヘルスケアの健康管理アプリ「OMRON connect(オムロン コネクト)」と連携し、家庭用血圧計などで測定したデータを遠隔診療に取り込めるようにしている。

 curonはAIの要素も取り入れており、患者のそれまでの受診タイミングなどから、次の受診時期を適切なタイミングで通知する機能を備える。今後は、より詳しい患者の状態に踏み込んだ個別化した支援をAIで実現していく考え。京都大学とは、遠隔診療とAIを組み合せて服薬継続をサポートする仕組みの実証研究を共同で進めている(関連記事10)。

 モバイルアプリを活用し、患者の状態把握や治療介入の密度を高めようという提案もある。ニコチン依存症や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の治療をアプリで支援する“治療アプリ”を手掛けるキュア・アップ(東京都中央区) 代表取締役社長で医師の佐竹晃太氏は、遠隔診療の真価が発揮されるためには「診断と治療の機能を実装することが非常に重要だ」と指摘する(関連記事11)。遠隔診療は対面での診療をオンライン化したものであり、診療と診療の間の“治療空白”を埋めるものでは必ずしもない。診断と治療までがオンライン化して初めて、遠隔医療の一連のフローが完成し、普及に弾みがつくというのが同氏の見立てである。

アプリなどを利用することで、診療と診療の間の“治療空白”を埋めることの重要性を訴えるキュア・アップ 代表取締役社長の佐竹晃太氏
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 佐竹氏率いるキュア・アップは2017年5月、呼気中の一酸化炭素(CO)濃度測定を遠隔診療に導入できる「ポータブルIoTデバイス」と、測定結果を患者と医師が確認し共有できる「ニコチン依存症治療アプリ・クラウド」を組み合わせたソリューションを開発した(関連記事12)。呼気CO濃度を在宅などで測定できるようにすることで、遠隔診療における治療経過を正確に把握できるようにすることを狙った。

 2017年5月に開催された「第60回 日本糖尿病学会年次学術集会」では、ともながクリニック糖尿病・生活習慣病センター(東京都新宿区)が、血糖コントロールが不良な糖尿病患者の意識・行動変容にモバイルアプリがもたらす効果を発表した。血糖値や血圧、体重などのバイタルデータや食事、運動などをアプリに記録し、自己管理を支援するウェルビー(東京都中央区)の「Welby マイカルテ」を用いた検証である。同アプリを利用することで、自己管理の動機づけや継続に一定の効果があったとしている。