AIの助言を受け、入院していた癌患者の診断と治療方針を変更した結果、通院で治療を受けられるまでに回復した──。2016年の夏、東京大学医科学研究所で得られたこんな成果が大きな話題となった。
患者のゲノム情報に基づき、最適な薬剤を選ぶ戦略は、原因となる遺伝子変異が患者ごとに異なる癌の治療において、副作用が少なく高い効果を得る方法として長年期待されてきた。
しかし、ゲノムの情報量は膨大なため、現状では数十の癌遺伝子や癌抑制遺伝子の遺伝子異常を網羅的に解析し、どの異常が患者の発癌・増殖に寄与しているかを検討するだけでも週単位の時間が必要とされていた。
わずか10分で適した薬剤を推奨
そこで期待されるのがAIの活用だ。東大医科研のゲノム解析センターは、2015年7月から米IBMのAI「Watson for Genomics」を用いた臨床研究に取り組んでいる(図3)。
対象は、既に血液疾患と診断されたか疑われる患者。使用するのは末梢血や骨髄液、リンパ節生検で得た検体だ。この研究では、そこから得た遺伝子変異のリストをWatsonに入力すると、その患者の癌に強く関わる遺伝子異常を指摘し、異常を標的とする分子標的薬を示す仕組みを構築した。一連の解析をWatsonはわずか10分で完了する。