前ページの近未来シミュレーションで紹介したような、医療分野におけるAIの活用は、もはや夢物語ではない。AIを活用した技術の開発が進む一方で、医療機関が持つ医療情報をAIで解析し、診断や治療選択、創薬などに生かそうとする試みが広がり始めた。

 AIとは、学習素材を与え、自ら学ばせることで独自の判断基準を持ち、問いに対して答えを示すプログラムの総称だ。人が学習し、物事を判断する仕組みと同じことをコンピューターに取り組ませる。このAIの技術を応用し、画像から病変を見つけたり、患者の症状やゲノム情報から鑑別診断をする仕組みの開発が進んでいる。

 こうした動きを後押しするように、2016年11月に政府が開いた第2回未来投資会議では、安倍晋三首相が「ビッグデータや人工知能を最大限活用し、予防・健康管理や遠隔診療を進め、質の高い医療を実現していく」と宣言。それに応える形で塩崎恭久厚生労働相は、診療報酬改定によりAIを用いた診療支援にインセンティブを付ける方針を表明。「2018年度の診療報酬・介護報酬改定に向けて、診療支援技術の確立と報酬の付け方について議論を重ね、2020年度までに実装化へと進める」と明言した。

患者情報のデータベース化進む

 AIを活用するには解析のためのデータベースを構築する必要がある。そこで政府は、電子カルテや健診データ、医療・介護のレセプトデータなどを一元化したデータベースを構築し、より良い医療の提供に資する「次世代型ヘルスケアマネジメントシステム」の構築を進める(図1)。

図1 政府が検討を進めている患者情報データベースの概念図
図1 政府が検討を進めている患者情報データベースの概念図
患者一人ひとりにIDが割り振られ、どの医療機関を受診してもデータが一元的に管理、閲覧、利用できるようになる。蓄積した膨大な情報は診療のほか、医薬品開発や政策などに応用される。(保健医療分野におけるICT活用推進懇談会提言書を一部改変)
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「PeOPLe」と名付けられたこのデータベースは、各医療機関が保管する診療情報を、患者ごとに割り振られた識別番号(医療等ID)にひも付けて管理することを想定している。これにより、複数の医療機関を受診していても患者の情報を一元的に引き出せるようになり、他院で実施した検査の結果を確認したり、過去の診療録を振り返ることも可能になる。

 医師がPeOPLeに診療データを登録すると、その見返りとして検査や診断、治療をサポートする情報をAIが提供する診療支援システムの構築も検討されている。また、データベース化された医療情報は匿名化し、保健医療の質の向上や医薬品の安全対策、創薬、無駄な検査や処方の省略化、医療資源の最適配分などに活用する方針だ。その実現に向けて急ピッチで準備作業が進んでいる。

 厚労省医薬・生活衛生局長の武田俊彦氏は、次世代型ヘルスケアマネジメントシステムについて、「この構想はこれからの医療・介護データのネットワーク化、ビッグデータ活用の羅針盤になる。医療現場が登録したデータを解析することで、医療の発展、地域包括ケアシステムの構築、医療者の負担軽減につなげ、患者に還元する仕組みにしていく」と説明する。