コンピューター技術の急速な進歩により、医師の業務を人工知能(artificial intelligence:AI)に支援させようという研究が世界中で進んでいる。自ら学習し、成長し続ける能力を持ったAIは、多忙を極める医師を助ける存在として歓迎されるだろう。しかし、やがて医師がAIに取って代わられる日が来ないといえるのだろうか。

AIが医療現場にやって来る

 202X年某日。ある地方都市の病院に勤務する総合診療医A氏(49歳)は、今日も人工知能(AI)が備えられた診察室に向かう。卒後25年のA氏にとって、AIがやって来た当初は戸惑いもしたが、今では自在に使いこなす毎日だ。そのA氏が語る日常は……。



 医師免許を取得してから20年間、出身大学の消化器外科医局に属し、臨床や研究で成果も挙げてきました。ただ、新しい教授になって医局の運営方針が変わりましてね。親もいい年になってきたし、どうしようかと考えてたところ、病院を経営している同郷の先輩に「うちに来ないか」と誘われたんです。いい契機かと思い医局を離れ、200床のこの病院に転職しました。

 でも驚きました。社会の変化で医療ニーズも変わってきているので、総合診療科を担当してくれと言われたのです。大腸癌手術一筋でやってきた私には難しいと伝えたのですが、先輩は「大丈夫だ」と。来るまでは不安だったんですがね。確かにこのAIがあれば鬼に金棒。今は自信を持って診療に当たっています。



 一昔前の病院の受付は診察券を受付機に差し込むと番号札が出てきて、あとは呼ばれるのをずっと待つ仕組みでした。今は自宅で予約して、病院に着いたら受付ロボットにスマートフォンをかざすだけで手続き完了です。待ち時間がほとんどないので、患者さんに好評です。

 ロボットが持つタブレットで予診も同時に行っています。身長・体重、既往歴や毎年の健診結果、さらに日常の活動量などもスマホから情報が転送されますから、入力は必要なし。タブレット画面に症状のリストが表示されるので、患者さんは自分が感じている症状を選んでいくだけですよ。

 しかもこのロボットは優れものでしてね。頭部には各種センサーが埋め込まれていて、患者さんの体温や顔色、声のトーンなんかもチェックしてるんです。この患者さんが去年健康診断を受けた時にスキャンした健康な時の顔色とか声の様子の記録がありますから、比較するんですよ。

 あ、来た来た。診察室にいる私の手元には、患者さんの過去の情報と今しがた入力された情報、さらにそれらに基づいてAIが推論した鑑別疾患リストが表示されます。別のモニターには、患者さんが過去に撮影した胸部X線画像や上部内視鏡検査の結果が見えるようになっています。

 「こんにちは。今日はどうされました?」。患者さんが診察室に入ってきた時の声掛けは何年たっても変わりませんが、実はもうあらかた疾患候補は絞れてるんです。

 ここからは問診。リストに出ている鑑別疾患を想定して、その疾患ならあるはずの症状が確認できるかどうかを聞いていきます。これは若い医師にも好評です。経験が少ないと、つい患者が訴える症状にだけ目が行きがちで、知らないと気が付かない大事な徴候を見逃しやすいですからね。患者さんも症状を正しく訴えられないことがありますから、この機能はとても助かります。過去の記録と今日の記録、そしてその差分から推論された鑑別疾患リストに基づいてこちらから積極的に問診していけるので、診断にたどり着くまでに回り道をしてしまうケースは圧倒的に減りました。

 一昔前は電子カルテの入力に四苦八苦で、キーボードにばかり向いていたので、患者さんからよく文句を言われました。でも今は会話が自動で入力されるので、「話をよく聞いてもらえる」と患者さんから好評ですし、私も問診に専念できます。

 おっと。AIがアラートを出している。血清Cr値が1.3mg/dLか。この患者さんはずっと糖尿病治療も受けているけど、1年前と比べてeGFRが3.1mL/分/1.73m2下がっているみたいです。eGFRの推移のグラフを見ると腎機能の低下が少し早いから、食事指導と糖尿病薬の服用指導をしっかりしておかないといけないな。

 あとは今日の薬か。これとこれかな。おっと、これにもアラートが。この薬は腎機能が悪い場合は慎重投与か。じゃあこっちの薬だな。よし、これで大丈夫。「では、お大事に」──。



 昨日、肺炎で搬送されてきた205号室の患者さんの様子はどうかな。昔は病室と居室を行ったり来たりしてたけれど、今は遠隔モニタリングができるから、自席に座ったままでチェックできるんです。患者さんの身体に付けたセンサーが各種バイタルをモニタリングしていますし、赤外線モニターで動きも把握できますから。

 ふむ、熱もCRPも下がってきてるな。患者さんの看護記録を見ると、食欲も出てきてプリンを食べたのか。細菌遺伝子検査で原因菌の特定も結果が出ているな。これをバーチャル感染制御アプリに掛けて、と。この抗菌薬でいいのか。原因菌が特定されているのに広域の抗菌薬を投与していると、AIが検査結果と抗菌薬の関係をチェックしてアラートが出るんです。あとは、日中はできるだけ身体を起こすように指示を入力しておこう。

 この地域の病医院や高齢者施設は皆、同じカルテ情報を見ることができましてね。治療内容や経過を共有できるんです。おかげで搬送元の老人保健施設も安心してまた患者さんを受け入れられると聞いています。



 そういえばこの間、医局の先輩に会ったら、今度、関連病院の部長になると言っていました。新しい勤務先では最近登場したVRスコープ(Virtual Reality)を導入するって意気込んでいました。VRスコープは切除のナビゲーションをしてくれるから、手術ミスが少なくなるとか。術前検査で得られたCTやMRI画像から、AIが臓器を三次元再構築した上で切除マージンや見えない血管の位置なんかをスコープに示してくれるから、外科医の負担が大幅に減るそうです。

 電気メスにはバイオセンサーが付いていて、組織を焼き切ったときに発生する煙を感知して腫瘍細胞特異的な成分が含まれていないか常にチェックするので、腫瘍の残存もないそうです。私が医局にいた頃の手術支援ロボットにも8Kカメラが付いて3D表示ができるようになっていましたが、今はもっとたくさんのセンサーが付いていて、臓器温度のほか、腫瘤の硬さや血流の音なんかも検知できるそうです。

 術中の患者の循環・呼吸管理もAIが行っていて、異常が起こる前のわずかな状態変化を検出し、その後を予測していち早くアラートを出してくれるから麻酔科医の負担もずいぶん軽減し、1日の手術件数が増えているそうです。おかげで病院経営も安定していると聞きました。



 医療現場にAIが登場してからというもの、我々は本来医師がすべきことに専念できる環境になりました。レセプトや紹介状、公費医療の申請書類などもAIが作ってくれます。

 そうそう。この間の中央社会保険医療協議会では、症状が安定した慢性疾患患者に症状の確認と処方薬を継続する場合、AIによる再診だけでよいことになり、その診療報酬をいくらにするか議論されたと聞きました。そのうち、遠隔AI再診サービスみたいなものも出てくるかもしれません。

 医師の本来業務である診療を、一部ではあるがAIが担うようになってきたわけで、我々も意識を変えなければいけません。どこまでを人間の医師が担当し、どこからAIが担うのか。それが2030年代の医療界の最大のテーマになるでしょうね。