「技術の集約から分散へと向かう段階、専門性のコモディティー化するところにデジタルヘルスのイノベーションが起こる」――。日本医療機器開発機構 取締役CBOの石倉大樹氏は、「デジタルヘルスDAYS 2016」(2016年10月19~21日、主催:日経BP社、協力:日経デジタルヘルス)のオープンシアターに登壇。著名な経営学者であるクレイトン クリステンセン氏の「破壊的イノベーション」を医療分野に当てはめて論じたセオリーをひも説きつつ、今後、医療分野にデジタルヘルスが展開されていく流れを語った。

講演する石倉氏
講演する石倉氏
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 クリステンセン氏は、技術は一般的に分散から集約、集約から分散という流れをたどるとしている。これを医療に当てはめると、診断・治療技術の発展による医療の流れは、高度で専門的な直感に基づく「直感的医療」から治療法の有効性を基にした「経験的医療」へ、さらに正確な診断の下に期待できる治療の確立した「精密医療」へと変化していくとした。石倉氏は、「こうした切り口から見ると、多くの医師が取り扱え、患者自身にも知れ渡るように専門性がコモディティー化し、拡散するところにデジタルヘルスのイノベーションが生まれる」「医療におけるバリューシフトにより、IoTやデジタルヘルス技術進展の恩恵にあずかれる環境基盤へと変化しつつある」と語った。

 専門性のコモディティー化としての一例として、ゲノム情報におけるシーケンサー技術の進展によるがん治療薬を挙げた。かつては1人当たりのゲノム解析費用は30億円とも言われていたものが、現在は数万円の時代になった。解析費用の急激な低下ががん治療薬の開発に影響を与え、「抗がん剤の世界市場は10兆円であるが、その約5割近くを分子標的薬が占めるようになった。今後承認される抗がん剤のほとんどが分子標的薬になると言われている」。

先行する海外事例に学べ

 ゲノム診断の先頭を走っているとされるのが、米国のバイオベンチャー企業のFoundation Medicineだ。「彼らは、病院と提携してがん患者の生検サンプルを集め、ゲノム解析を行い適応する分子標的薬や治験情報をレポートとして返す。同時に患者にとってどのような治療法が最適か提示するサービスを展開している」。医療機器開発ではないが、医師が医療的な判断を行うツールとしてのデジタル技術の1つだという。

 GoogleやRocheが出資するニューヨークのFlatiron Healthは、遺伝子情報と診療データを収集し、Predictive Analysis(予測分析)を用いて患者ごとに最適な治療法を提供している。「それぞれ病院と提携することで大胆なステップが踏める例だ。10万件以上のデータを蓄積しており、データベースビジネスとしてもプラットフォーム側に展開できる。また、4年前に創業した会社だが、FDAと治療ガイドライン策定するなど日本では起こりえないスピード感で事業を行っている」と説明。

 国内の取り組み事例では、ソニーやエムスリーの共同出資会社のP5(ピーファイブ)が、ほぼ同様のビジネスモデルで「がんゲノムレポート」の提供サービスを始めている(関連記事)。「この領域は、特に国内企業が取り組んでいかないと、外資が入ってきて日本人のサンプルデータが海外メーカーに流出する結果を招く。日本のアセットで流出をストップしたい」と強調した。

 一方、医療領域のモバイルアプリの事例では、初の「処方する治療補助アプリ」としてFDAの医療機器承認を取得(ClassⅡ)したWellDocを挙げた。糖尿病をはじめとする疾患マネジメントとコーチングを提供するアプリで、承認取得から2年で年間10億円企業に成長しているという。米国では、医療機器として承認取得し、保険償還を受けているデジタルヘルスアプリが2014年に124に達している。「日本では今年に入って、そうした動きが出始めているが、現場の先生方が積極的に導入するに至っていない。最初はアーリーアダプターの医師をつかめるが、拡大までは時間がかかる。製薬企業などのスポンサーを募り、一緒にエビデンスを積み上げていこうとする展開が必要だ」。