製薬企業の覚悟、デジタルヘルスの活用で新たな価値提供へ

主催者企画「製薬企業と考えるソーシャルホスピタル」から

2016/10/24 16:25
赤坂 麻実=日経デジタルヘルス

 社会全体が医療の担い手となる「ソーシャルホスピタル」。新たな方向性へと医療を取り巻く構造が大きく転換していく中で、既存プレーヤーもその役割を変えていく必要がある――。

 そんなテーマの下、議論が繰り広げられたのが、「デジタルヘルスDAYS 2016」(2016年10月19~21日、主催:日経BP社、協力:日経デジタルヘルス)初日のオープンシアターでの主催者企画。「製薬企業と考えるソーシャルホスピタル」と題した同企画では、いわゆる“既存プレーヤー”の代表格ともいえる製薬企業が登壇。従来の「医薬品提供」にとどまらない新たな役割・価値を提供していく覚悟と、そのためにデジタルヘルス分野との連携に真剣に取り組む考えを訴えた。

 パネリストとして登壇したのは、新たな医療のエコシステムに適合するため、デジタルヘルスを積極活用していく動きを既に見せているMSDとバイエル薬品の2社。MSDからは、経営戦略部門 ビジネス・イノベーション・グループ ディレクターの樋渡勝彦氏。バイエル薬品からは、オープンイノベーションセンター R&Dアドバンストアナリティクス&デジタルヘルスイノベーション マネジャーの菊池紀広氏がそれぞれ登壇した。

MSDの樋渡氏
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バイエル薬品の菊池氏
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 MSDは、デジタルヘルス分野のスタートアップに、医療業界の専門知識やノウハウを提供する「ヘルステック」プログラムを2016年2月に立ち上げた。第1期として認知症総合支援機構、ミナカラ、エクスメディオの3社を支援先に選定。2016年6月から、3社がそれぞれ開発しているソリューションの事業化にメンターとして協力している(関連記事)

 バイエル薬品は、「Grants4Apps Tokyo」と呼ぶスタートアップ支援プログラムを2016年に新設。医療課題を提示してデジタル技術による解決策を募り、優れた提案に助成金を出すというもの。第1期は慶應義塾大学医学部循環器内科 木村雄弘氏の服薬管理ソリューションが最優秀賞に選ばれた。第2期は疾患の早期発見や健康管理、妊活支援や妊婦支援などのソリューションを募集しており、2016年12月2日に最終選考会を開く予定だ(関連記事)

誰も今後の姿が見えていない

 製薬企業がこうした取り組みを推進する背景はどこにあるのか。モデレーターを務めた日経バイオテク編集長の橋本宗明は、まず、製薬業界を取り巻く現状を次のように指摘した。「高齢化の進展、医療費の高騰により、日本の医療保険制度は存続の危機ともいえる。地域包括ケアシステムの整備によって、医療供給体制の再構築を進めようとしている。製薬企業には薬価の引き下げなど特に強い圧力がかかっているのが実態。欧米においても医療費抑制圧力は強く、製薬企業のビジネスモデルはサステナブルではないという声も出ている」。

 こうした危機感が、製薬企業を突き動かしている一つの理由といえる。その上で、デジタルヘルスの積極活用を標榜するのは、医療供給体制の再構築が進むことは間違いないものの、その姿が具体的にどのようなものかが現時点では漠然としているためだ。「誰も、そして我々自身も、今後の姿が見えていない。だからこそ、オープンイノベーションの形でパートナーを探し、カジュアルにディスカッションしていきたい」(MSDの樋渡氏)。

 MSDが国内で立ち上げたヘルステックプログラムの背景として、樋渡氏は米国と日本の違いについても指摘。「米国ではヘルスケア関連のスタートアップに4500億円ほどの投資があるが、日本は40億~50億円程度。日本にはヘルスケアのスタートアップを育成する土壌がまだない」(同氏)。その土壌を作っていくのが同プログラムの役割であるとした。

 一方、バイエル薬品の菊池氏は、同社が進めるGrants4Apps Tokyoの役割について「製薬企業がデジタルヘルスに取り組んでいること自体が、日本ではまだ知られていない。まずは、その認知度を上げる狙いがある。そして、さまざまなプレーヤーの参入を促し、研究開発を支援したい」と語った。

製薬企業と組むメリットはどこに?

 逆に、パートナー(デジタルヘルス業界)側にとっては、製薬企業と組むことにどのようなメリットがあるのか。MSDとバイエル薬品の両者は「製薬企業は、医療・ヘルスケア市場への新たなプレーヤーの参入支援に貢献しやすいはず」と口をそろえる。

 MSDの樋渡氏は、「製薬企業は医療機関や規制官庁、卸売業者など、多様な医療関係者とまんべんなく付き合いがあり、医療業界においては情報のワンストップポータルのような存在。医療供給体制の変革が必要な今、スタートアップや大手IT企業など医療・ヘルスケアの新たなプレーヤーに、医療現場のニーズや課題などの情報を共有していくことが、われわれ製薬企業に求められている」と語った。

 モデレーターの橋本編集長は、「製薬企業は医療の内情を知る立場にいることは理解するが、規制産業であり、製品開発を5年、10年かけて行ってきた業界。大企業が多く、意思決定のスピード感にも欠けるきらいがある」と指摘。スタートアップやIT業界との連携が本当に可能なのかをたずねた。

 これに対してバイエル薬品の菊地氏は、逆に、スタートアップから製薬業界にもたらされる企業文化面での影響も大きいはずと回答。「予算を確保し、計画を立て、何年もかけて進める製薬企業の研究開発と、短期に開発して製品を早期に市場投入し、ユーザーの反応を見ながら製品を改良していくスタートアップのアジャイル開発は、大きく異なる。医療業界として守るべきコンプライアンスは守りつつ、スタートアップのスピード感あるカルチャーを製薬業界にも根付かせていく必要があると考えている」(同氏)とした。