テクノオフィス凜代表の中野隆志氏
テクノオフィス凜代表の中野隆志氏
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 金属加工分野において今、極めて高いニーズがあるのが冷間鍛造の技術だ。プレスだけで部品を加工できるため、製造コストを大幅に低減できる。加えて、冷間鍛造を板鍛造や精密せん断技術と組み合わせることで形状の自由度が高くなり、従来にない難しい形状の部品にまで加工範囲を広げつつあることが、技術者を引きつけている。

 「技術者塾」において「冷間鍛造・精密せん断・板鍛造の基礎と応用」の講座を持つ、テクノオフィス凜代表の中野隆志氏に、冷間鍛造と精密せん断、板鍛造の技術を学ぶ利点やポイントなどを聞いた。(聞き手は近岡 裕)

──中野先生と青木先生(神奈川大学名誉教授)が講師を務める冷間鍛造関連の講座が人気です。その理由は何でしょうか。

中野氏:グローバル競争が激しい自動車や情報機器などを構成する部品に要求される高度なニーズを、冷間鍛造・精密せん断・板鍛造が満たせるからです。すなわち、高い生産性を維持したまま、高精度かつ複雑な形状(ネットシェイプ)の部品を成形できます。これにより、高強度化や軽量化、高機能化した部品を安定して生産することが可能です。

 高精度で高変形に成形する精密冷間鍛造や精密せん断、そして、従来の絞りや曲げの板材成形に鍛造や精密せん断技術を複合化させた板鍛造は、いずれも塑性加工の分野です。これらの技術を習得すれば、切削加工などからの工法転換、すなわちパラダイムシフト(生産革新)が可能になり、加工できる部品・製品の対象も広がります。加えて、コスト競争力が高まる上に、競合メーカーとの差異化にもつながります。

 冷間鍛造・精密せん断・板鍛造が威力を発揮している代表的な製品の例は、現行ではホブ加工が主流の精密ギアの分野です。スパーギア、ヘリカルギア、ベベルギアなどいろいろなタイプの歯車を効率良く生産でき、大幅なコスト削減に貢献しています。

──冷間鍛造・精密せん断・板鍛造は、今後ますます必要とされるようになるのでしょうか。

中野氏:冷間鍛造・精密せん断・板鍛造は、複雑な形状を高精度かつ低コストで加工できる成形技術です。微細精密部品をはじめ、付加価値の高い部品や製品を加工することができます。幅広い分野の部品や製品の加工にも適応するポテンシャルの高い成形技術でもあります。

 競争力を有する部品(高付加価値部品)のコスト削減をこれまで以上に進めるには、従来工法を効率化するだけでは限界があります。技術的、社会的な環境変化が激しい現在は、これまでとは異なる独創的・先進的な製造工程の変革(プロセスイノベーション)が必要です。その1つが、冷間鍛造・精密せん断・板鍛造というわけです。

 冷間鍛造・精密せん断・板鍛造は、発展を続けていて先端技術を要する自動車や情報機器といった基幹産業からの高度なニーズに継続して対応することが可能です。さらに、今後の発展が期待できるエネルギーやロボット、医療機器などの先進技術を支える部品の加工に対応することも可能です。国内のマザー工場で冷間鍛造・精密せん断・板鍛造の高い技術を培うことで、グローバルにおける競争力を高めることにもつながることでしょう。

──冷間鍛造・精密せん断・板鍛造を学ぶ上でのキーポイントを教えてください。

中野氏:プレス加工は、主に技術者自身の創造力が必要な[1]塑性理論、[2]製品設計、[3]工程設計、[4]金型設計と、外部技術を活用する[5]材料(被加工材、金型材料)、[6]金型製作、[7]プレス機械、[8]潤滑 、の8つの要素技術で成り立っています。これに対し、最近の日本メーカーでは生産効率を重視するため、技術者の専門化・分業化が進んでいます。ところが、冷間鍛造・精密せん断・板鍛造は、通常のプレス加工よりも変形率や変形抵抗が大きい。そのため、工法開発には、素材入手から成形後の後処理・出荷までの全工程を俯瞰する全体最適の視点(多面的な視点)を持ちつつ、個々の要素技術をバランスよくレベルアップさせることが不可欠です。

 冷間鍛造・精密せん断・板鍛造は、成形限界に近いギリギリの成形条件まで詰めることが多いのです。従って、金型にかかる負担を軽くすることはもちろん、成形部の表面や内部に亀裂などが発生することを防ぐために、成形時の塑性流動を理解することが重要になります。成形時の材料は最小エネルギーで流動できるコースを選んで変形します。川の流れを思い出すと分かりやすいでしょう。水の流れにくい箇所は淀(よど)みや逆流が発生します。これと同じ現象が金属の塑性流動にも起きるのです。

 スムーズな流動の基本に則った工程設計や金型設計ができれば、成形品の高強度化や高精度化はもちろん、金型寿命の向上まで期待できます。確かに、最近ではシミュレーション技術が向上して塑性流動の「見える化」ができるようになりました。しかしそれでもなお、技術者が自分自身の頭の中で塑性流動をイメージできる能力が必要です。その能力があれば、幅広い部品や製品の工法開発が可能になるからです。

──技術者塾の講座では、どのようなポイントに力点を置くのですか。

中野氏:冷間鍛造・精密せん断・板鍛造の3つの技術に共通するキーワードは、「塑性流動の制御」と「圧縮応力場(静水圧効果)の活用」です。鍛造の据え込みや押し出しの塑性流動の基本を、難しい数式を使用せずに図で説明し、成形事例への活用法を紹介します。スムーズな塑性流動により成形応力を下げて成形性を向上させる、また逆に流動抵抗を活用して金型への転写性を高めるといった工程設計や金型設計の実践的なポイントを分かりやすく解説します。

 製品形状にとらわれるよりも、塑性流動の方法や順序で成形法を分類することで、1つの工法開発がいろいろな対象製品に応用できることを紹介します。

 鍛造は圧縮応力場の静水圧効果で材料に割れが発生しにくくなり、成形限界が向上して成形工程の短縮が可能になります。また3次元化での圧縮応力と引っ張り応力の複合応力の活用により、成形応力を軽減できます。

 青木先生が講師を担当する精密せん断も局部的に大きな塑性流動があり、圧縮応力や材料の拘束条件を変化させることでクラックの発生を抑制し、全面せん断を可能にします。実験結果とシミュレーションの知見を得ることで理解力が高まり、実践に応用できるようになります。

──想定する受講者はどのような方ですか。また、受講することでどのようなスキルを得られますか。

中野氏:塑性流動の原理・原則を理解したい技術者や、高精度・高付加価値の塑性加工を目指す技術者、現在冷間鍛造・精密せん断・板鍛造のいずれかに取り組んでいて、技術の壁に直面して苦労している技術者など、新人から中堅の幅広い技術者に参加してもらいたいと思います。もちろん、これから新たにこの技術に取り組みたい企業や、技術開発のシーズを求めている企業の方にも役立つと思います。この技術の経験者には、本講座を通して工法開発のアイデアの素としての「気づき」 を得てもらいたい。また、「目から鱗(うろこ)が落ちる」といった、視界が開ける実感を1つでも多く体験してもらいたいと思います。

 ただ、全くの初心者の場合は、短時間の講座でスキルまで身に付けることは難しいと思います。それでも、大元の考えを理解してもらい、「もっと学習すれば実践技術や応用技術も理解できそう」と思ってもらえることを目標としています。本講座の最大の成果は、「冷間鍛造・精密せん断・板鍛造を学ぶことは楽しい、面白い」と感じてもらうことです。モチベーションさえ身につけてもらえば、スキルは後から付いてくるものです。

 本講座が基礎と実践の橋渡しになることを願っています。