三井物産戦略研究所技術・イノベーション情報部知的財産室室長の山内明氏
三井物産戦略研究所技術・イノベーション情報部知的財産室室長の山内明氏
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 自動運転技術の開発が世界で加速している。自動運転の分野でどこにビジネスチャンスを求め、経営リソースをどこに集中投下するかは、各企業の戦略に委ねられている。そのためには、世界の主要企業の開発戦略や動向を把握する必要がある。「技術者塾」で 「新たな分析法「知財情報戦略」であぶり出す自動運転の開発動向」(2016年11月2日)の講師を務めた山内明氏(三井物産戦略研究所技術・イノベーション情報部知的財産室室長)に、自動運転技術の開発について留意すべき点を聞いた。(聞き手は池松由香=日経ビジネス、近岡 裕)

──自動運転について、日本・ドイツ・米国のOEM/部品メーカーの戦略の違いは何ですか。

山内氏:地域別、業種別を全て一緒に論じることは困難なので、私が考案した「知財情報戦略」に基づく解析結果に即して論じていきましょう。

 まずは自動運転関連の特許出願件数について見てみます。日本勢は、出願数が多いものの外国出願比率が小さい。これとは対照的に、欧米勢は外国出願比率が大きく、グローバル度合いが高いと言えます。

 また欧州勢は、OEMメーカーより部品メーカー(Tier1)の方が出現件数の面で存在感が大きい。ドイツBosch社が突出しており、ドイツContinental社、フランスValeo社が続きます。日本勢は、デンソーを除き大手OEMメーカーが上位を占めます。総じて、欧州では部品メーカーが、日本ではOEMメーカーが、技術開発への投資を主導していると言えるでしょう。

 日本勢のTier1で最大手かつ最上位のデンソーについて補足すれば、先進運転支援システム(ADAS)分野の新組織の発足などで攻勢を強め、トヨタグループ以外への外販の意向も表明するなど、欧州勢の対抗馬として期待できる存在と言えます。

 特許は量(件数)だけでなく質も重要です。そこで、次に質の観点から、論文の重要度の指標として多用される被引用数に着目してみましょう。特に競合他社が嫌がる特許を多数擁する場合は、自ずと他社が特許内容を数多く引用し、その引用数は自社からの引用数をしのぐことになります。

 主要各社について分析した結果、他社被引用数およびその比率が最大なのは米GM社であり、特許出願数最多のトヨタ自動車をはじめとする他社を圧倒していることが分かりました。また、米Google社は、対象期間が短いことから被引用数が小さくなるはずの後発組ながら、GM社に次ぎトヨタに勝る結果となりました。

 検証したところ、Google社はDARPA(アメリカ国防高等研究計画局;Defense Advanced Research Projects Agency)が主催した自動運転コンペティション「DARPA Urban Challenge」(2007年開催)で1-2フィニッシュを飾ったCarnegie Mellon大学とStanford大学のエースたちを次々とヘッドハントし、完全自動運転の技術開発に注力したことが分かりました。その結果、後発組ながら他社被引用数が多い良質の特許出願が量産されました。さらに、完全自動運転の要ともいえる認識/判断装置について、デジタルマップや人工知能(AI)の高度利用で差別化を図っている様子も確認できました。

 同様にGM社についても検証したところ、同じく「DARPA Urban Challenge」で活躍したキーパーソンが技術開発を主導しており、Carnegie Mellon大学との15年間にわたるオープンイノベーションの成果が良質の特許群につながったことと、Google社と同様にデジタルマップやAIの高度利活用に傾注していることが確認されました。

 上記の結果に鑑みれば、グローバル特許の量および質の両面で、トヨタであっても欧米勢に劣勢とも言え、早急に挽回する必要があるでしょう。

 次は、技術力とは別の論点として、ビジネスモデルを見てみましょう。いくら技術力があってもビジネスモデルが稚拙では、「技術で勝ってもビジネスで負ける」という虞(おそれ)があるからです。自動運転車を想定したビジネスモデル特許出願について解析したところ、驚きの事実が浮かび上がりました。

 日本企業からは有望な出願が見当たらないのとは対称的に、米国企業からは有望なものが数多く確認され、しかも異業種やスタートアップの存在感が大きかったのです。異業種の典型例は、自動運転車向け損害保険です。米国大手損保会社が競って出願しており、加えてパテントトロールと目される企業からの出願も確認できました。

 スタートアップでは、ICT系が中心です。例えば自動運転バスの運行代行サービスアプリに関する特許出願が確認できました。これは利用者のスマートフォンアプリを使い、ルート内のどこからでも乗り降り可能、空席状況に応じた運賃割引、自動決済などを実現するもので、コストメリットと利便性を両立できるため有望視されます。

 その他、流通事業のラストワンマイル問題(トラック降車後の細い路地間移動や再配達の不便さ)の解決策となる「歩道移動型の無人宅配車」の特許出願も確認でき、併せて歩道のデジタルマップ関連の特許出願も確認できました。この企業のウェブサイトには、実際にピザを宅配する映像があり、実用化の事実に驚くとともにビジネスへの本気度が認められました。

 以上、米国企業では、異業種やスタートアップまでも自動運転車を用いたビジネスモデルに貪欲な様子がうかがえます。日本企業は、見習うべきではないでしょうか。