これまで一部のスマートフォンやゲーム機での採用にとどまってきた触覚機能が、今後、さまざまなエレクトロニクス機器にその裾野を広げていきそうだ。日経BP社は「触覚テクノロジーがもたらす高品質化と新しい価値」と題したセミナーを、技術者塾として2017年6月16日に開催する(詳細はこちら)。本講座で講師を務める田中由浩氏(名古屋工業大学 大学院工学研究科 電気・機械工学専攻 准教授)に、触覚技術の市場・技術動向や、今後のニーズに対応するために必要なことなどを聞いた。(聞き手は、田中直樹)

――触覚技術について、この1年の市場動向、応用動向をご紹介ください。

 触覚テクノロジーへの注目、社会実装が着実に増えてきていると思います。2016年はVR元年と呼ばれるような年でした。ヘッドマウントディスプレー(HUD)も種類が増え、視覚に次いで触覚への関心もますます高まっています。触覚を提示できるコントローラーも出始めており、従来の単一な振動とは異なる、多様な振動で高臨場感の触覚提示も可能になってきています。

 合わせて、触覚提示用のアクチュエーター、とりわけ振動による触覚提示が高臨場感を実現しやすいことから、振動子の開発も盛んになってきたように思います。また、触覚テクノロジーのベンチャー企業も現れてきました。触覚を提示したりセンシングしたり、変調したりする要素技術も増え、時代は、どのように触覚テクノロジーを活用するか、触覚を計測、付与あるいは変えることにより、どのような効果や価値を生むことができるか、具体的な使い方を考えるフェーズに入っています。

 我々は触覚を通じて、外界との物理的な接触を認識しますが、同時に自分の身体の物理的な認識にも関わっています。触覚テクノロジーの展開は、単なる触覚の提示にとどまらず、身体へ働きかけるものであり、行動や情動へも作用するものであり、多様な展開が期待できます。

 これまでは言語を中心としたコミュニケーションでした。しかし、これまで自身に閉ざされていた触覚情報が見える化、あるいは体感化され、共有できるようになってきたことで、これまでにないニーズや効果が生まれる可能性があります。触覚に注目した、リハビリテーションや福祉機器の研究開発も行われています。また、触覚をテーマにした教育や、触覚のデザインを基にした体験のアイデアや作品のアワードも企画されています。

 また一方で、製品の触り心地のデザインであったり、触覚の数値化へのニーズは、依然としてあります。従来の製品との差異化を図り、製品の高品質化や操作性向上などの高付加価値化に向けて、触覚テクノロジーへ大きな期待が寄せられています。触覚の錯覚も、刺激の代替や変化(増強など)に応用できるため、上述の触覚提示や製品の触感デザインへの活用可能性から、高い関心が寄せられています。

 先に述べたように触覚テクノロジーの社会実装は始まりつつありますが、今は振動が中心です。しかし、他にも温度や硬さなど、まだまだ多くの触覚の要素があり、応用展開の可能性は広がっています。振動も含め触知覚メカニズムの多くはまだ十分解明されておらず、基礎的知見が独創的な技術開発と直結することもしばしばで、触覚の基礎的研究も大変重要です。まだまだ触覚テクノロジーは、基礎と応用ともに発展しつつあり、開拓期にあるといえるでしょう。