三井物産戦略研究所技術・イノベーション情報部知的財産室室長の山内明氏
三井物産戦略研究所技術・イノベーション情報部知的財産室室長の山内明氏
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 有望な開発テーマや新規事業をどのように見つけたらよいのか。今、多くの日本企業がこの問題に頭を抱えている。この悩みに応えるのが、特許情報を有効活用する新たなマーケティング手法「特許マーケティング」だ。考案者であり、「技術者塾」で「特許マーケティングによる新規用途・事業開発 知財情報戦略 応用編」(2017年4月27日)の講師を務める山内明氏(三井物産戦略研究所技術・イノベーション情報部知的財産室室長)に、特許マーケティングの威力を聞いた。(聞き手は近岡 裕)

──「特許マーケティング」を提唱されています。特許マーケティングとはどういう意味でしょうか。

山内氏:現行のマーケティングでは使われていない特許情報に着目し、その有効活用を図った「新しいマーケティング手法」のことです。特許マーケティングと言っても、特許を売買するという意味ではありません。特許情報を中心とした多面的な情報解析、すなわち、新たな特許分析法「知財情報戦略」に基づき、例えば、要注目企業などの動きを把握して効率的な商品・サービス開発に活用したり、自社技術の売込先として好適な企業を特定したり、有望な新規事業を特定したりする、という意味でのマーケティングです。

 特許情報には本来、マーケティングのヒントが満載です。これを上手く活用しない手はありません。それを可能にする新しいマーケティング手法として、私は特許マーケティングという新しい手法を提唱しているというわけです。

デジタルイノベーション時代に対応できる

──その特許マーケティングでは、従来のマーケティング手法と比べて、どのようなメリットを得られるのでしょうか。

山内氏:私が知る限り、現行のマーケティング手法の中で特許情報を十分に活用したものはありません。日本では、金沢工業大学大学院教授の杉光一成氏が、2014年頃から特許情報を活用したマーケティングの有用性を提唱しています(同氏の論文)。2015年には日本マーケティング学会でリサーチプロジェクトを立ち上げ、私にも声が掛かりました(同プロジェクトのサイト)。杉光氏のディスカッションペーパーには、マーケティングの世界的権威であるフィリップ・コトラー教授から「マーケティングにおいて、特許情報はこれまでneglected area(無視された領域)であり、これを活用することはinteresting(興味深い)である」という趣旨のコメントが紹介されています(同ペーパー)。

 私自身は、2011年に「知財情報戦略」の基礎を構築しました。2012年には『日経ものづくり』に寄稿し、知財情報戦略が多様な目的に適用可能であることを示しました。そして、その1つにマーケティングを掲げ、実践事例も紹介しました(同記事の一部)。当時の私の手法は、自社特許保有を前提とし、自社技術の強みを活かせる用途や売込先を特定していました。知財情報戦略の基本形ベースであり、「特許マーケティング1.0」とでも呼ぶべきものでした。

 特許マーケティング1.0では、客観性に富む特許情報を活用することで、自社の強みを客観的に把握した上で、これと親和性の高い有望な用途候補や補完性の高い売込先の候補を特定することに特徴があります。一般的なマーケティング手法に比べて恣意性の影響を受け難い点がメリットです。もちろん、このようなメリットだけで従来のマーケティング手法に勝るとは断言できません。しかし、従来のマーケティング手法と併用すれば、客観性の向上に伴う確度の高い結論を期待できます。加えて、これまで特許情報が blind side(死角)にあったことを踏まえると、補完性に富む結論も得られると考えられます。

 この特許マーケティング1.0を確立した後、メーカーとは異なり自社特許に縛られない商社などのニーズに応じ、将来の出資に値する有望な分野の候補、さらには有望な出資・買収先の候補を特定するという進化形を考案することに私はチャレンジしました。また、自分が「ものづくり」を本業としない商社系に属する人間だからこそ、「ことづくり」領域でのニーズに応じた進化形にもチャレンジしました。これら進化形は、いわば「特許マーケティング2.0」とでも呼べるものです。

 近年、「ものづくり」領域において、いわゆるデジタルイノベーションやデジタルトランスフォーメーションの潮流の下、大きな環境の変化が到来しています。

 例えば、自動車業界では自動運転技術の開発を巡り、既存の自動車メーカーや部品メーカー(Tier 1)が自前主義の限界を感じて、IT企業など異業種との協働主義に転じつつあります。スタートアップへの出資や買収も盛んです。また、米Ford Motor社などの大手自動車メーカーでは、自動車の製造・販売業者からモビリティーサービスプロバイダーへの転身、つまり、「ものづくり」から「ことづくり」への領域拡張を志向しています。

 従って、有望な出資・買収先候補の特定や「ことづくり」領域でのニーズに応じた「特許マーケティング2.0」を使えば、今後、ますます進展するデジタルイノベーションやデジタルトランスフォーメーションに対応できます。この点も、一般的なマーケティング手法と比べて大きなメリットと言えるでしょう。