モノづくり経営研究所イマジン所長の日野三十四氏
モノづくり経営研究所イマジン所長の日野三十四氏
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 設計開発プロセスの革新を実現するモジュラーデザイン(MD)。先進的なメーカーが実用化に踏み切る一方で、導入について検討中の企業も多く、MDに詳しくない人もいる。MDの第一人者である、モノづくり経営研究所イマジン所長の日野三十四氏に、改めてMDについて気になる点を聞いた。(聞き手は近岡 裕)

──「モジュラーデザイン(MD)」という言葉は日本の製造業にかなり浸透してきたのではないかと思います。一方でトヨタ自動車の「TNGA」など実用化事例も出てきたものの、実用化段階まで進んでいない日本メーカーは依然として多そうです。現在日本メーカーの中で、MDの実用化に踏み切っているメーカーはどの程度あると思いますか。

日野氏:5年ぐらい前からMDの講座を「技術者塾」などで毎年数回実施しています。受講者が年々増えていることを見れば、確かにMDという言葉はかなり浸透してきたようです。しかし、実用化している日本メーカーはまだまだ少ないというのが実情です。

 MDは「製品群全体と部品群全体を整理体系化し、それらのインタフェースを整合化する」という、これまでの設計思想や設計プロセス、設計方法の再設計です。設計は全社に広く関係するので、実用化するには全社的な協調活動が必要となります。ところが、実際に全社的な活動になっている会社が限られているため、実用化例が少ないのだと思います。

 トヨタ自動車は社長である豊田章男氏直轄の「TNGA企画部」を作り、トップダウンで推進しているから実用化できたといえます。技術者塾の受講によりMDの本質を理解し、社内を説得してトップダウンで推進する体制を築いていただきたいと思います。

──今さら感はありますが、あえて聞きます。MDを実用化すれば、どのような利点(果実)を得られるのでしょうか。

日野氏:講座の中でも話しますが、MDの先進企業であるスウェーデンのトラックメーカーであるScania社は、特別なベストセラーカーを持っているわけではありません。ところが、ドイツDaimler社やスウェーデンVolvo社といった大手をしのぐダントツの高収益構造を実現しています。

 また、Scania社の設計者は「ルーチン設計」から解放されているため、次世代モジュール部品の創造や生産技術を担当することもできています。いわゆるJob Enrichment(職務の充実化)やJob Enlargement(職務の拡大)を享受しているのです。MDを実用化すれば、Scania社が得ているこうした利点(果実)を手中にできるのです。

──MDを実用化段階まで進める上で、テクニカルな点で多くの日本メーカーが難しいと思ったり、つまずいたりするのはどのような箇所でしょうか。

日野氏:MDのテクニカルな要点は、製品の品ぞろえ効率を最大化する等比数列と、部品の互換性を高める等差数列という2つの「モジュール数」を、製品群と部品群の全ての仕様に適用することです。

 しかし、モジュール数の代表である等比数列のISO“Series of Preferred Numbers”(JIS Z 8601「標準数」)を知っていて活用している日本の設計者はほとんどいません。ましてや等差数列はISO/JIS「建築モジュール数」として建築業界向けに登録されているため、等差数列を知っている機械設計者はゼロです。

 日本企業は「一品料理的に最高の品質を実現すること」に長けており、それによって20世紀において世界の製造業の頂点に立ちました。半面、「製品群全体と部品群全体を眺めて全体最適で設計すること」については極端に苦手です。これが、多様な製品が要求される現在のグローバル時代において輝きを失っている要因です。企業の系列や業界の枠を超えて部品を調達し製品をカスタマイズ設計する、これから本格化するIoT(もののインターネット)やIndustry4.0の時代にはさらに通用しなくなる恐れがあります。

 「2日間実践セミナー」では、「設計パラメータにモジュール数を適用してから部品仕様をモジュール化する」ことと、欧米先進国(といってもScania社を除きますが)でもまだ確立されていない「品ぞろえ効率を最大化する等比数列と部品の互換性を高める等差数列を組み合わせて設計する」というモジュール数の新しい使い方に力点を置いていることが特徴です。

──モジュール化を進めると製品がコモディティー(陳腐)化し、差異化が難しくなってコスト競争に巻き込まれるという声があります。この点についてはいかがでしょうか。

日野氏:モジュール化するのは部品です。部品はモジュール化してコモディティー化させ、徹底的にコストを下げなければなりません。しかし製品は、コモディティー部品を使用してもプレミアム化(高付加価値化)することは可能です。そのポイントはマーケティング力の強化にあります。

 現に、米Apple社の製品をばらしたらコモディティー部品ばかりではありませんか。「部品はコモディティー化し、製品はプレミアム化する」、これこそがApple社の高収益の秘密なのです。

──「2日間実践セミナー」の講座では、「設計手順書の作り方とモジュール化の実践的な進め方を習得できる」とのこと。設計手順書とモジュール化の内容を一体で学ぶ利点を教えてください。

日野氏:世の中におけるこれまでの部品共通化活動は、「部品だけ眺めた共通化、標準化、モジュール化」です。昨年(2015年)末、ある自動車メーカーを訪問した時のことです。その会社の設計者は「4年前に全社で部品共通化活動を行い、数千点の部品を標準 化しました」と言いました。そこで私がその成果を尋ねたところ、「実は、この4年 間で実際に採用された部品は1点もありません」と言うのです。

 モジュール化は、「設計パラメータにモジュール数を適用してから、部品仕様にモジュール数を適用する」ことによって初めて実現できます。従って、部品だけを眺めてモジュール化しても、そうした結果になるのは当然です。つまり、設計パラメータから部品仕様を求める設計手順書を作成し、設計プロセスを「見える化」することが「使えるモジュール化」にとって必須であるというわけです。

──演習主体の講座を企画した理由を教えてください。

日野氏:私は5年前ぐらいから各所でMDのセミナーを開催してきましたが、MDは間口が広くかつ奥行きが深いために、「1日のセミナーでは社内にMDを展開することは難しい」との声がありました。そこで、時間を2日間に延ばし、各種のテンプレートも充実させて演習主体として実務に生かしやすいセミナーを企画したのです。

 また、後日復習できるように「写真撮影と録音を自由」とし、さらに研修風景をビデオ録画して受講者に配布するという万全の体制を敷きます。この講座を受講することで「確かな何かを持ち帰ってもらいたい」と強く思っています。