三井物産戦略研究所技術・イノベーション情報部知的財産室室長の山内明氏
三井物産戦略研究所技術・イノベーション情報部知的財産室室長の山内明氏
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 自動車産業の技術開発に、かつてない大きな変化が訪れている。2020年頃をめどに自動車メーカー各社が開発を進める自動運転技術と、究極の環境対応車である燃料電池車(FCV)だ。それぞれを牽引するのは、米Google社とトヨタ自動車である。

 「技術者塾」は、自動運転とFCV両分野の知財情報戦略を解説する講座「知財情報戦略であぶり出す自動車分野の技術開発動向─自動運転、FCVを中心として─」を企画した。講師の三井物産戦略研究所技術・イノベーション情報部知的財産室室長の山内明氏に、自動車分野の技術開発において知財情報戦略の重要性や学ぶべきポイントを聞いた。(聞き手は近岡 裕)

──自動車分野の技術開発において知財情報戦略は今、なぜ求められるのでしょうか。できたら事例を挙げながら、知財情報戦略により自動車分野の技術開発動向について学ぶ効果(メリット)をご紹介ください。

山内氏:まず、読者の皆さんになじみの少ない「知財情報戦略」について説明しましょう。要は、「知財情報をフル活用して経営(事業)に役立たせるもの」です(関連記事)。特許情報は客観性・公平性が高く、加えて記載様式が統一されています。そのため、検索や分析(以下、解析)に好適な情報源です。

 しかも、競合に知られたくない情報であっても、特許取得にはある程度の開示が必要です。従って、その内容をうまく解析できれば競合のR&D戦略を読み解いたり、新商品やサービスを予測したりすることも可能です。経営判断のスピードと的確性がますます求められる今、「知の総力戦を制するものが事業を制する」といっても過言ではありません。

 ところが、「知財部門および事業部門が、単独または共同で知財情報をフル活用して経営に役立たせているか?」と日本企業に問えば、ほとんどの回答は「ノー」です。そこで期待されるのが知財情報戦略です。例えば知財部門がこれをマスターし、事業部門に情報発信して戦略提言を行えば、両部門の連携を促すことができます。

 知財情報戦略を用いた解析事例としては、例えば日経ビジネスオンラインに私が寄稿した「戦略的に外部から特許を調達するグーグル」を紹介することができます。当時、米Apple社と米Google社が率いるAndroid陣営との間で特許訴訟が激化しており、Google社による大量の特許買収が話題になっていました。これをテーマとして私が解析したところ、意外な事実が見えたのです。

 例えば、特許買収の強いイメージに反し、Google社がWIDEVINE TECHNOLOGIES社を買収してビデオ共有サービス「YouTube」などの信頼性向上を図ったことが分かりました。また、特許買収にとどまらないケースとして、米Xerox社から関連特許を買収しつつ独自開発を加えて「グーグルドライブ」というサービスを完成させたことも分かりました。すなわち、「Google社は特許訴訟対策のためだけに特許を買いあさっていたわけではない。自社事業の保全や強化のためにも、特許や企業を戦略的に買収していた」ということが読み取れたのです。

 ここで重要なのは、技術分野的に門外漢の私であっても、噂やメディアの報道などに惑わされずに対象とする企業の戦略などを読み取ることができたということです。事実、Google社に関してはその後、ロボットや自動運転の分野でベンチャー企業を数多く買収する戦略性を疑う報道が散見されました。しかし、知財情報戦略を用いた解析によりGoogle社の「真の戦略」を知った私は、「Google社は流行(はや)り廃りによらず戦略的に買収している」と確信を持っていました。その確信は今、ますます強まっています。昨年(2015年)に自動運転分野を解析し、「自動運転におけるグーグルの脅威」を目の当たりにしたからです。

 これを受けて、私は「テレマティクス(telematics)と知能化、さらに将来の自動運転を想定すれば、自動車分野こそ知財情報戦略の有効活用に好適」との手応えを得ました。そして、この手応えをさらに強くしたのが、2015年11月にトヨタ自動車が発表したシリコンバレー研究所設立の一報です。自動運転分野の解析事例を発表後、わずか半年の出来事でした。人工知能(AI)分野で日系メーカーが劣勢に甘んじているという私の懸念を払拭する動きだったのです。最高経営責任者(CEO)から拠点の選定まで、理想ともいえるトヨタ自動車の決断に、自分のことのように小さくガッツポーズしました。私の戦略提言が同社の決断につながったというわけではないのですが。

 このように、自動車分野で知財情報戦略を有効活用すれば、自動車業界の従事者であれば事業に直接役立たせることができます。自動車以外の業界の従事者であれば、自動車業界への新規参入に向けた戦略を効果的に策定することができます。