前回、トラック競技におけるスタート装置の問題点、レーン差による音の聞こえ方の違いなどをご報告いたしました。ピストルを使う従来の方法は、以上の他にも危険な火薬を使用すること、温度など環境の影響により不発が生じること、競技者への悪影響があること、計時ミスにもつながること、補助員のマンパワーが必要なことなど、不便なところはたくさんありました。

 これらの問題の解決に、中心となって取り組んだのが“スターターの神様”佐々木氏でした。その業績の全てをお伝えしたいのですが、本コラムでは、テクノロジーの進化に伴ってエレクトロニクス機器の応用が拡大したことにより、課題解決につながった2つの例についてご報告したいと思います。今回は「スタート合図装置」、次回は「不正スタート発見装置」です。

 前回触れましたように、1964年の東京五輪では本物のピストルを用いておりました(図1)。グリップの下に、スタート地点の写真判定機器と連動させるためのコードを接続し、「ドン」から0.05秒遅らせて作動させるように設定してありました。0.05秒というのは、どんなに反射神経に優れた競技者でも「ドン」を認識してから0.1秒以内に反応することはあり得ない、という調査結果から得た時間であり、ルールに定められています。

図1 1964年東京五輪で使われた空砲の薬きょう
図1 1964年東京五輪で使われた空砲の薬きょう
陸上競技最後のトラック種目、男子4×400mリレー決勝で使われたもの。野﨑忠信「1964年東京オリンピック大会コレクションと資料」から。
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