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HOMEものづくり設計革新スポーツをテクノロジーする > 誰よりスタートの難しさを知る“スターターの神様”

スポーツをテクノロジーする

誰よりスタートの難しさを知る“スターターの神様”

“スタート”をテクノロジーする・第2回[連載第22回]

  • 北岡哲子=日本文理大学特任教授
  • 2017/03/15 05:00
  • 1/3ページ

 1964(昭和39)年東京五輪において「スターターの神様」と称された1人の日本人がおりました。佐々木吉蔵氏、1912(明治45)年生まれ。東京高等師範学校を卒業後、勉学を究めるためにさらに中央大学法学部にも進み、1953(昭和28)年に東京学芸大学の教授に就任します。学生時代、同氏自身が陸上の競技者であり、しかも1932(昭和7)年ロサンゼルス、1936(昭和11)年ベルリン両オリンピックの出場経験さえありましたから、スターターの重要性や理想像、ルールへの疑問など、切実な問題意識を持っておりました。

ベルリン五輪のオーエンスは、実は失格だった?

 同氏が出場したベルリンの大会でのエピソードは特に有名です。男子100mの優勝者、米国のオーエンス(James Cleveland Owens)と佐々木氏は予選で隣のレーンにエントリーされました。スタート合図直前、佐々木氏がちらっと横を見ると、オーエンスは約5cm幅のスタートラインの少し前方に手を置いていたそうです。手はラインの手前につくものだと認識していた佐々木氏は、おかしい!と思いました。

 100m走の100mとは、一体どこからどこまでなのでしょうか。スタート地点とはスタートラインの手前なのか、外側なのか。ゴールはフィニッシュラインの手前か、外側か。全部で4種類の解釈があるうち、どれが正しいのか疑問を持ったのです。スタートの瞬間に佐々⽊⽒がどこまで考えていらしたかは定かではありませんが、モヤモヤしながらスタートしたためか、同⽒は予選落ちしてしまいました。

 レース終了後、誰に尋ねても満足な回答は得られなかったそうです。帰国後も引き続き調べたとのことですが、100mの正しい測り方は分からずじまいでした。当時はルールに記述がなかったのだそうです。ただ、この経験から佐々木氏は、陸上界のルール構築に尽力するようになりました。

 余談ですが、正しい“100m”は、第二次大戦後のルールブックに初めて明記されました。100mとはスタートラインの手前からフィニッシュラインの手前までの距離です。つまりルールによると、スタートラインは100mに含まれていて、フィニッシュラインは含まれていないのです。オーエンスがスタートラインの前に手を出してついていたのであれば、本来は反則で失格のはずだったことになります。

 佐々木氏は、1962(昭和37)年に東京オリンピック準備室長となり、1964(昭和39)年東京五輪の開催に死力を尽くしました。東京五輪では花形種目である男子100m決勝のスターターを、満を持して引き受けられました。「それまでの自分の人生はこの一瞬のためにあったのだ」と言われ、迷うことなく決められたそうです。

 陸上競技が球技や格闘技などと決定的に違う点は、「他の競技者に勝ち1位になる」というだけではなく「タイム(記録)を狙う」という、もう1つの戦いが含まれていることです。それを左右するスターターは競技者の命を握っているほどの重責を負うといえるでしょう。そのことを踏まえ、1964年当時と現在のスタートに関するテクノロジーの異なる点を明らかにしていきたいと思います。同時に佐々木氏の偉業である、スターターに関するルールの構築についても説明していきます。

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